パラレル小話(セカコイ)

□怪盗サーガと秘宝エメラルド
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怪盗サーガは最近この国を賑わす泥棒だ。
決して自分の欲のために盗みをするわけではない。

この国の政治は腐敗していて、王と一握りの貴族だけが裕福な暮らしをしている。
だがその他の多くの民は、さほど収入がない上に重い税に苦しめられ、日々の暮らしで精一杯だ。
怪盗サーガは私腹を肥やす貴族の屋敷から金や貴金属を盗み、それを庶民に分け与えるのだ。
ある時は栄養失調でやせ細った子供のいる家に。
またある時は病人がいるのに薬も買えない貧しい家に。
だから王族や貴族からは憎まれているが、庶民には英雄のように思われている。

怪盗サーガがどういう人物なのか、様々なうわさがある。
黒い目の長身の男だった、いや茶髪の美男子だ、いやいや小柄でかわいくてあれは女の子ではないのか等々。
その答えは簡単、怪盗サーガは個人名ではなくグループ名なのだ。
毎回毎回交代で盗みを働いているから、目撃情報がまちまち。
これが格好の目くらましになっている。

そして今夜盗みに入るのは高野政宗。
この男が怪盗サーガのリーダーだ。
本当はこの任務には、メンバーの羽鳥芳雪が志願していた。
今回のターゲットである秘宝エメラルドは、彼の愛する幼なじみに必要なものだからだ。
だが高野はそれを許可しなかった。

なぜなら今回のターゲットは貴族の屋敷ではなく、王の城だからだ。
それは怪盗サーガにとっても初めてのことだった。
貴族の屋敷だってそれなりの警護はしているが、王の城は比べ物にならないのだ。
そんな危険な場所にはリーダーである自分が行くべきだと思った。

そして高野は夜の城内を走る。
城の造りや見回りの時間はちゃんと調べてあるから、迷わないし見つからない。
今回のターゲットである王家の秘宝は、城の地下にある。
噂によると秘宝は2つの大きなエメラルドで、それに祈ると願いが叶うと言われている。
そしてその宝石は、王家に仕える巫女によって守られているらしい。

高野は地下の最奥の部屋の前にたどり着くと、いったん足を止めて呼吸を整えた。
ついに王家の秘宝が拝めるのだ。
扉に手をかけると、ギィィと音を立てて開いた。
鍵がかかっていると思った高野はいささか拍子抜けした気分で中に入って、息を飲んだ。

そこにいたのはひとりの青年だった。
白い修道僧のような長衣をまとい、跪いて壁にかけられた王の肖像画に向かって祈りを捧げている。
高野の目は青年がかけている首飾りに、釘付けになった。
チェーンの部分は小さめのダイヤモンドのネックレスで、ペンダントトップは大きな金の台座。
その台座に付けられているのは大きな2つのエメラルドだった。
これこそが王家の秘宝に間違いない。

あなたはどなたですか?
お前が秘宝を守る巫女だな。
ようやく祈っていた青年が立ち上がり、高野を見る。
高野は青年の問いには答えずに逆に問いかけると、青年−巫女は黙って頷いた。

巫女は盗賊である高野を見ても、キョトンとした表情だった。
どうやら扉を開けたあの大きな音にも気付かなかったようだ。
それだけ祈ることに集中していたのだろう。
華奢で小柄な巫女が、不思議そうな目で高野を見つめている。

その首飾りを渡してもらおうか。
そう告げると、巫女はようやく高野が盗賊だということを理解したようだ。
遅ればせながら高野の横をすり抜けて逃げようとするが、高野は巫女の腕を掴んでそれを阻止した。
だが高野はそれ以上、どうしていいかわからずに困惑していた。

こんなか弱そうな巫女から首飾りを盗むのはたやすいことだ。
さっさと殴り倒すなりなんなりして、奪い取ってしまえばいい。
だがそれを躊躇うのは、巫女が愛らしくて美しかったからだ。
首にかけている秘宝よりも、この巫女の方が美しいとさえ思えた。

この首飾りはどうしても欲しいが、首飾りを守る巫女は傷つけたくない。
高野はどうしていいかわからず、途方にくれた。
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