短編(セカコイ)

□あの雨の日に
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雨だ。
仕事を終えて帰宅しようとした小野寺律は、会社の正面玄関で足を止めた。

まだ小さな子供の頃、やはりこんな雨の日があった。
多分小学校の低学年くらいの頃だ。
天気予報では雨が降るなんて言っていなくて、傘を持っていない生徒が多かった。
しっかりと置き傘をしていた律は、少しも慌てることなかった。
騒ぐ生徒たちを尻目に教室の片隅の傘立てに向かって、でもそこに律の傘はなかった。
とっさに同じクラスの誰かに盗まれたのだと思った。
仕方なくずぶ濡れで帰宅して、母親には傘を盗られたと言った。
その結果、両親からひどく叱責されたのだ。

服を濡らしたことを怒られ、傘をなくしたことを怒られ、クラスメイトを疑ったことを怒られた。
厳格な両親だったと、今ならわかる。
だが当時の律には悪いことをしたという自覚はなく、なぜ怒られたのかさっぱりわからなかった。
親に言われたとおりに置き傘をして、でも肝心の雨の日にそれはなくなっていた。
教室の中にある傘立てからなくなっているのだから、どう考えても犯人はクラスメイトだ。
傘がないのだから、濡れて帰って、思ったことをそのまま言った。
どう考えても他に選択肢があったようには思えないのに、叱られた。

正しいと思ったことが、必ずしもすべての人に認められるわけではない。
そのことを初めて知ったのは、あの雨の日。
性格がこんなに捻じ曲がってしまったのは、ひょっとしてあの日からかもしれない。
高野−嵯峨先輩と出会う前から、もう始まっていたのかもしれない。
律はこんな雨の日、ふとそんなことを考える。
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