パラレル小話(アイシ)

□Cleaning Boy
2ページ/12ページ

それにしても真面目なことだ。
一通り映像を確認した蛭魔は、感心を通り越して呆れていた。

蛭魔は「ある案件」に必要な人材を捜していた。
条件はとにかく実直な人間であること。
そして信じたことを、きちんとやり遂げる人間であることだ。
だが単純明快なこの2つを満たす人間は、案外少ない。
人間とは甘い誘惑に弱く、楽な方に流されてしまう生き物だから。

蛭魔が最近手に入れた部屋にカメラを仕掛けたのに、他意はなかった。
あらゆるところにカメラを仕掛けるのは、もはや蛭魔の習慣なのだ。
映り込んだ人間を観察しているだけで、変なテレビ番組を見ているよりは余程面白い。
またその人間の思わぬ弱みを握れてしまうこともある。
そうしていいなりになる人間を押さえていくと、いろいろと便利なのだ。

だからこっそりと隠し撮りした映像を見た蛭魔は驚いた。
家事代行業者から派遣されてきた青年は、あまりにも真面目だったからだ。
誰も見ていない部屋、しかも蛭魔が手に入れる直前に別の業者が掃除しているから、充分綺麗だ。
簡単に掃除機をかけて拭くだけで、充分だろう。
だけど青年は全部屋をチェックした後、実に丁寧に掃除をした。
隅から隅まで丁寧に、手を抜くことなく。
しかも報告書のメモに、時間がかからなかったから返金するとまで書かれていたのだ。

今時、こんな真面目なヤツがいるとは。
蛭魔は単純に面白いと思った。
なぜなら蛭魔の周りに集まる人間には、こういう種類の人間はいない。
とにかく楽に金を稼げることばかり考えている、斜に構えた者ばかりなのだ。
ちょっとした好奇心。
そして「ある案件」に適した人材なのかもしれないという期待。
蛭魔はこの青年「小早川セナ」を探ることにした。

蛭魔はさっそく家事代行業者に依頼をかけた。
定期的に来てくれるように、できれば「この前と同じ担当者」という条件も付けた。
蛭魔は3日に1度と頼んだが、すぐに代行業者からは「週に1度でいいのでは?」と返された。
小早川セナはそれで充分と思ったのだろう。
まったく期待を裏切らない、良心的な返答だ。

だが蛭魔は再度3日に1度と依頼して、かの青年が来るのを待った。
時間も前回と同じ4時間だ。
その間、蛭魔はマンションを離れて、作業が終わるのを待つ。
そして立ち去ったのを確認すると、例によって隠し撮りの映像を見た。

今回、実は小さなトラップを仕掛けていた。
ベットの下に、一万円札を数枚、バラまいておいたのだ。
チラリと一見しただけでは見えにくい。
だがキチンと掃除をしようとすれば、絶対に目に入るだろう。

相変わらず、綺麗だよね。
誰もいないのに「失礼いたします」と律儀に挨拶をして入ってきたセナは、ため息を吐きながらそう言った。
そして「お金、もったいないと思うけど」と言いながら、掃除道具を取り出す。
その映像を見た蛭魔は「ケケケ」と笑った。
仕事が楽だと思うのではなく、依頼人の懐具合を心配しているのが可笑しかった。

そして掃除機をかけ始めて程なくして、セナはトラップに気付いた。
一万円札だ。
セナは「うっそぉ!」と声を上げながら、拾い集める。
そしてそれをテーブルの上に置き、再び掃除機をかけ始めた。

4時間と指定した時間、セナは休むことなく働き続けた。
特に頼んでいないベランダを掃除し、窓にかかっているブラインドを拭いた。
とにかく4時間、キッチリと動き回り、最後に報告書だ。
所定の報告書の備考欄には、時間が余ったのでベランダとブラインドを掃除したと書いてある。
そしてクリップで、一万円札がしっかり留められており「ベットの下にお金が落ちていました」とも。

それを見た蛭魔は、盛大に笑った。
金を盗んでやろうなんて発想は、まるでなかったらしい。
数枚あれば、1枚盗ってもわからないという考えもしなかったようだ。
律儀に報告書に添えて「落ちていました」とは、まったく正直にも程がある。

その次の回に、蛭魔はもっと大胆なトラップを仕掛けた。
封筒に無造作に札を突っ込み、テーブルの上に投げ出しておいたのである。
するとセナは「うわ、札束だ」と声を上げていた。
中身は1万円札が約100枚、だがきっちり100万円ではなく少し欠ける額だ。
もしセナが金を何枚か抜こうとして、数えて100枚きっかりだったら抜きにくいだろう。
だが最初から少し欠けているなら、もう1、2枚は抜きやすいのではないか。

そんな盗み側の心理まで読んだ細工も、まったく無駄だった。
セナは札を数えることすらせず、そもそも手に取ることもなかったからだ。
その日はキッチン回りを徹底することに、時間を使ったようだ。
セナは報告書に「キッチンのグラスとシルバー類を磨きました」と書かれていた。
その通り、セナはこの日も4時間、休むことなく動き続けた。
そしてキッチンのグラスやシルバーの類は、一点の曇りもないほどピカピカになっていた。

これはもう手元に引き入れるしかない。
さてどうしたものか。
蛭魔はさっそく算段を巡らせた。

ただ単に友情を結ぶというだけなら、何も問題はない。
だが仕事を頼みたいという話になれば、少々面倒だ。
その場合は、蛭魔がこの部屋の持ち主であることを明かしてもダメだろう。
蛭魔とセナは家事代行業者を通しての雇用関係なのに、そこを無視して勝手に仕事を受けるのはいかがなものか。
セナという人間は、そういう礼儀を重んじるのではないかと思う。

一方のセナは、やはりこの仕事に薄気味悪さを感じていた。
はっきり言って、こんなに頻繁に掃除をする必要を感じない。
生活感のない部屋に、時々、無造作に落ちている一万円札。
いったい何がどうなっているのか。

もしかして「赤毛同盟」みたいな?
セナはそんなことさえ考えた。
シャーロックホームズシリーズの短編「赤毛同盟」。
簡単な仕事で大金を払う目的は、家を開けさせてトンネルを掘ることだったか?
だがセナの安アパートの部屋で、そんなことをするとも思えない。

まぁいいか。
セナは依頼人のことを考えることを放棄した。
わからないことはわからないし、考えても仕方ない。
それより次回の4時間は、どこを掃除して時間をつぶすか。
その方が今のセナには、切実な問題だった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ