パラレル小話(アイシ)

□桜の少年
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*ハッピーエンド至上主義の方は読まない方がいいかもしれません。

そんな格好で寒くないのか?
蛭魔は桜の木の下で佇む少年に、そう聞いた。
少年は蛭魔を見上げると「いえ、別に」と素っ気なく答えた。

騙された。
集まった顔ぶれを見た途端、蛭魔はそれを悟った。
呼ばれた名目は、夜桜見物。
ゼミの面子で大学近くの桜の名所である公園に繰り出そうというのである。

正直言って、バカ騒ぎは好きじゃない。
桜は美しいと思うが、わざわざ花見に繰り出すほどの熱量はなかった。
実際大学構内に桜並木があるのだし、パソコンやスマホでいくらでも画像を捜せる。
それでも蛭魔が誘いに乗ったのは、教授が来ると聞いたからだ。
頭脳明晰な蛭魔にとって、教員も含めてまともに議論できる相手は少ない。
その数少ない人間が教授であり、尊敬する人物の1人だ。
そんな相手と学術研究について語り合いたいと思ったのだ。

だが実際、集まっていたのはゼミのメンバーではなかった。
10名ほどの男女のうち、同じゼミなのはヒル魔を誘った男だけ。
男は全員、顔を知っているが、ゼミどころか学部さえ違うヤツばかりだ。
そして自分も含めて男女の数が同じことから、ピンときた。
これは花見の体裁を取っているが、違う目的の男女が集まっている。

悪いな、蛭魔。
お前の名前を出すと、女子が集まるんだよ。
そう言われて、蛭魔はため息をついた。
つまりそういうことだ。

そして乾杯から15分後、蛭魔は公園内の遊歩道を歩いていた。
合理主義者の蛭魔は、楽しくないし役に立たないことに時間は使わない。
それにわざわざ男漁りの場に来るような女には興味もなかった。
だから「ちょっと電話が来たので」とベタな言い訳を使って、席を離れた。
このまま合コン、もとい夜桜見物には戻らないつもりだった。

遊歩道の両側は桜並木になっており、提灯がつけられてライトアップされている。
そしてそこここで、花見客のグループが酒を飲み、騒いでいた。
その中を通り抜け、出口に向かおうとした蛭魔はふと足を止めた。
遊歩道を外れたところに小さな池があり、その横には並木からポツンと離れて1本だけ桜がある。
その木の下で、1人の少年がポツンと佇んでいたのだった。

蛭魔は目を凝らして、少年を見た。
せいぜい10代半ば、いやもっと下かもしれない。
可愛らしい顔立ちなのに、なぜか寂しそうに桜の木を見上げていた。
ヒル魔は吸い寄せられるように、少年に向かって足を踏み出す。
そして「おい」と声をかけると、少年は不思議そうな顔で蛭魔を見た。

そんな格好で寒くないのか?
蛭魔はまず最初に、素朴な疑問を口にした。
少年は薄手の白いシャツ1枚という軽装だったのだ。
だが少年は蛭魔を見上げると「いえ、別に」と素っ気なく答えた。

何で皆さん、花見なのに桜を見ないんでしょうね?
少年は蛭魔にそう聞いてきた。
蛭魔は「確かにな」と頷く。
ここからは遊歩道の桜並木と、その下で騒いでいる者たちがよく見える。
彼らのほぼ全員が飲食やバカ話に夢中で、桜の木を見上げている者などいない。

そもそも提灯で飾られた桜なんて、綺麗ですか?
桜だって、あんなもの付けられたら鬱陶しいと思うんですけどね。
花見なら、自然の光の下で静かに見ろっての。

蛭魔は「お説、ごもっとも」と苦笑した。
まるで桜の代弁者のような小さな少年が面白いと思ったのだ。
だが少年はふと思いついたように「あなたも夜桜見物の人ですよね?」と聞いてきた。
蛭魔は「騙されて、呼び出されたんだ」と白状した。

夜桜見物って言われて来たんだが、実際は合コンだった。
蛭魔がそう告げると、少年は「ごうこん?」と首を傾げた。
どうやら知らないのだろう。
蛭魔が「男と女が出逢う手段だ」と教えてやると、興味なさそうに「ふうん」と答えた。

で、お前はどこの子供だ?
夜は物騒だし、家まで送ってやるぞ。
蛭魔はそう言ったものの、自分の口から出た言葉に驚いていた。
見知らぬ子供に、何を言っているんだろう。
そもそも送っていくだなんて、自分のキャラじゃない。
だが少年は「ありがとうございます。でも大丈夫です」と頭を下げた。

もしかして親は花見中で、お前はここで待ちぼうけか?
蛭魔がふと思いついた可能性を口にすると、少年は「まぁそんなところです」と答える。
そして「もう行ってください。ボクはもう少しここにいるので」と笑う。
その途端、蛭魔は少年の腕を取って引き寄せ、抱きしめていた。
ほとんど何も考えていない、衝動的な行為。
儚げな微笑がたまらないほど切なく、居ても立っても居られない気になったのだ。

あなたは暖かいですね。
少年は蛭魔の腕の中で、そう言った。
蛭魔は黙ったまま、少年をさらに深く抱きしめる。
その身体は嘘のように冷たく、それがさらに蛭魔の衝動を駆り立てた。

なぁ、連絡先、教えろよ。
蛭魔はごく自然にナンパのような言葉を口にした。
合コンをバカにしていた男とは思えない、軽薄なセリフだ。
だが少年は「あと少しだけここにいますよ」と謎めいた答えをするだけだった。

その翌日の夕方、蛭魔は再び公園にやって来た。
大学では昨晩、姿を消したことを散々詰られたが、知ったことではない。
そもそも騙して呼ぶ方が悪いのだ。
そして講義が終わるなり、公園にすっ飛んできた。
もしかしたらあの少年に会えるかも知れない。いや会いたい。
そんな衝動を抑えられなかったのだ。

だがあの池のそばの桜の木はなくなっていた。
根元からバッサリと伐採したらしく、切り株だけが残っている。
蛭魔は驚き、管理事務所に駆け込むと「池のそばの桜、切ったのか?」と聞いた。
するとすでに老年の男性が出て来て「あれは病気になったんで、倒れる危険があってね」と教えてくれた。

それから蛭魔は時間があれば公園に通った。
だが何度足を運んでも、あの少年に2度と会うことはなかった。
あれはただ単に近所の子供だったのか、もしかしたら桜の妖精だったのか。
そんなことを思い「俺はバカか」と自嘲する。
ありえない。そんなファンタジー、あってたまるか。

それから蛭魔は桜の季節になると、あの少年を思い出すようになった。
寂しそうな微笑と冷たい身体を。

【END】お付き合いいただき、ありがとうございました。


 

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