Glare5

□緩やかな午後
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思えば、あそこまで誰かに荒げられたのは初めてだった。
だからこそ少なからずショックを受けたのだがあれがあったからこそ軍人としてやってこれたのだ。
懐かしさに小さく笑えばふいにノックの音が響き、律は扉へと視線を移した。



「誰だ?」

「我が輩である。」

「…ウィンか、入ってくれ。」



直後、部屋に入ってきた相手を見ると律は先程から浮かべていた笑みを更に深くする。
十数年前とさほど変わらない顔付き、しかしそこに親愛の情を滲ませながらウィントリー・アコニットマンは立っていた。
上から下までまじまじと見やればウィントリーはやや不思議そうに目を細める。



「…どうかしたか?」

「嗚呼…いやなに、御人は変わらんと思ってな。」

「妖魔は老いの速度が穏やかだからな。律は随分と成長した、常に手負いの獣のような眼光をしていた少女が今では我らが東国の総統…いやはや娘の成長は喜ばしいものである。」

「くく、娘になったつもりはないぞ?」

「良き友であるが確かに娘のようでもあるのだ、仕方あるまい。」



ややおどけたように言うウィントリーに律は肩を竦めてみせた。
十数年前の自分はウィントリーと冗談を言い合える仲になるなど予想しただろうか。
時の流れとは不思議なものだとしみじみ思う。



「…なあウィン、御人はこれからも私の友でいてくれるか?」

「御人の話はあちこちに飛ぶな。…まあ良いが律、当たり前のことを聞いてくれるなよ?魔女の友など我が輩やチェシャでなくては務まらん。」



言い方は素っ気ないものだったが頭に置かれた手は温かく、律は目を細める。
冷戦が続く今、いつまた本格的な戦いが始まるかもわからない。
従兄弟を亡くした時と同じ悲劇が再び襲い掛かって来るかもしれない。
それでも、だ。
失う悲しみを恐れてささやかな幸せなを楽しまないのは損というものだろう。
律は古ぼけた写真を一瞥すると穏やかな笑みをウィントリーに向けた。



「御人のような者が友でいてくれて私は幸せだよ、ウィン。」



緩やかな午後
(紫眼の魔女と猛毒の騎士の静かな時間)
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