Glare5

□女神は死んだ
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キメラ、ジュイ、私の可愛い弟達。
私はね、この世界が好きよ。
母親の気持ちに近いのかしら、この世界を始まりから見守っていた私はこの世界で生命が育まれる様を見ていると言い切れない愛しさを感じるのです。
生命は流転する、出会いと別れは同じこと。
体を失ったとて受け継がれていく形無きモノを私は素晴らしいと思うわ。
ねえ、私の可愛い弟達。
どうかお願い、この世界を愛してあげて。
世界が泣いたら抱き締めて、傷を負ったら癒してあげて、ずっと側にいてあげて頂戴。











「…姉さん、」



掠れた声が口から零れた。
ジュイの視線の先にいるのは棺の中で眠る最愛の姉、グローリア。
真っ白な薔薇の中に横たわる彼女は美しく、それが悲しくてジュイは目を伏せた。
姉さん、何故逝ってしまったんだ。
答えの出ない問いがジュイの頭の中でぐるぐると渦を巻く。
そんな時隣に立っていた片割れ、キメラが口を開いた。



「姉上は優しすぎたんだ。」



万物を愛しても、万物から愛されるわけじゃない。
姉上は優しすぎるが故に逝ってしまわれたんだ。
キメラの言葉にジュイは弾かれたように顔を上げる。
キメラは無表情だった、否、感情を全て押し殺した表情をしていた。
ジュイは自分以上にグローリアを愛していたであろうキメラがこのようなことを言うのが信じられなかったが彼の瞳の色を見て全てを理解した。
自分のそれと左右反対の色をした瞳は深く深く沈んだ色をしている。
嗚呼、これはきっと喪失の色。
依存にも近い形でグローリアを愛していた片割れは彼女の死と共に世界の色を失ったのだ。



「おいキメラ、」

「ジュイ、私は生者が憎い。」



ぽつり、キメラが呟いた。
キメラのほんの一言はジュイの背筋を凍らせるには十分だった。
今、こいつは何を言った?
焦りか、恐怖か、戸惑いかはわからない。
しかし嘘であって欲しいと願ったのは確かだった。



「な、何言ってやがるんだよキメラ!」

「思ったことを口にしたまでだ。私は、生者が憎い。」

「ふざけんなよ!姉さんの愛した世界の住人に何てこと、」

「姉上が愛した世界だから何だ!姉上は深い慈愛を持ってこの世界を支えた!なのに生者達は互いを殺し、憎しみ合い、その結果"蝶"を呼び姉上を殺めたのだぞ!?」

「あれは生者達は悪くねえ!悪いのはプシュケ一人だろう!?」

「プシュケは負の感情に誘われて来たのだ、ならば間接的とて生者が姉上を殺したに等しいではないか!」

「キメラ…っ!!」



知らなかった。
もうこんなにも距離が、出来ていただなんて。
双子として同時に時を刻んでいたのだ、いつだって心は共にあると思っていた。
グローリアの死は自分達には辛すぎた。
ジュイは何も言わずにそっと目を伏せる。
何も言わずにではない、何も言えなかった。
キメラはやがて静かに棺の側に歩み寄るとそのまま手を伸ばして薔薇と同じ位真っ白になったグローリアの頬を優しく撫でる。



「私は、生者共を許さない。生者共を庇うのならば貴様とて敵だ。」



キメラの言葉がジュイの胸に深く突き刺さる。
次にジュイが顔を上げたときにはもうキメラの姿は何処にもなかった。





女神は死んだ
(それは長きに渡る悲しみの連鎖の始まり)
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