Glare5

□月が笑う日
2ページ/2ページ


隣の隣の町まで買い出しに出かけていた休業日の夕方のことでございました。
秋も終わりだったからでしょうか、周りはずいぶんと薄暗く気味悪く思ったわたくしは細長い道を足早に歩いておりました。
そんな時、わたくしはシャルロッテを見かけたのでございます。
先にお話したように気味悪い細道でございます、こんな道をあのようにあどけない少年が一人で歩いていたら危険と思い声をかけようとしました。
声をかけようとしたのですがわたくしはシャルロッテに近付いた時に漂った臭いとシャルロッテの目の前に広がる光景に出かかった言葉も全て失ってしまいました。
視界に入ったのは鉄臭くて、生臭くて、赤黒くて、見るも無惨な肉の塊。



『アーア、見ツカッチャッタ。』



普段聞いていた声よりもいくらか低い声でシャルロッテは言いました。
残念そうな口振りでしたが恐る恐るシャルロッテを見やればその顔は薄暗闇でもはっきりとわかる位の笑みを浮かべておりました。
嗚呼、まるで悪魔のよう。
シャルロッテの背に翼は生えておりませんでしたが確かにわたくしは思い、それと共に己の死を覚悟しました。
だってわたくしはこの惨劇の目撃者、もしわたくしがシャルロッテだったならば目撃者は消すはずですもの。
病床の母を置いて逝くことに悔しさと申し訳なさを抱きながらわたくしは固く目を瞑りました。
しかし、幾ら経っても痛みも何も感じません。
不思議に思い始めた頃、僅かな衝撃と共に抱き締められる感覚にわたくしは思わず目を開きました。
視界いっぱいの柔らかな金、シャルロッテの頭でした。
わたくしをぎゅうと抱き締めながらシャルロッテは言います。



『けりー、君ダケニハ本当ノ僕ヲ知ラレタクナカッタ。』



怖ガラセテゴメンネ。
シャルロッテは再びわたくしを強くぎゅうと抱き締めると腕を放し、文字通り闇に溶けました。
どうやらシャルロッテは肉塊も一緒に持っていったようです。
血痕のみが残る路上でわたくしはへたり込み、しばらく動くことが出来ませんでした。
闇に溶ける前にちらりと見えた彼のどこか寂しそうな表情が忘れられません。


長くなりましたがこれがわたくしの体験した最も不思議でほんの少し恐ろしかった出来事でございます。
彼が今どこで何をしているかはわたくしにはわかりません。
わたくしは彼とほんの一時を共にしただけであり、本当の彼を知る前に彼は去ってしまったのですもの。
お客さま、お願いがございます。
彼を追うなど馬鹿げたことはお止めになって下さいませ。
わたくしは偶然助かったのです、あなたさまの身にも偶然が降り懸かるとは限りません。
…無理なのでございますか?ではせめて今日だけはお止め下さい。
わたくしはどうしても嫌な予感がするのです。
だって今日はあの日と同じ、





月が笑う日
(きっと彼があなたさまの言う闇色兎なのでしょう)
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ