Glare4

□茨の足枷
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「気に食わねぇ…っ。」



空間の狭間、苛立ちを隠しもせずにさらけ出しながら吐き捨てるように言葉を紡いだ。
繰り返し鳴り響いて頭から離れないのは籠の女の言葉、ジキルは舌打ちをすると前髪をかきあげた。



「知ったような口聞きやがって。悪魔に愛なんざ必要ねぇんだよ。…絶対に、必要ねぇ。」



小さい、しかし自分に言い聞かせるようにはっきりとした声のそれは辺りの闇に優しく飲み込まれる。
そう、愛なんて必要ない。
愛を知った悪魔の迎える終焉はろくなものではないのだ。
それは側で見ていた自分がよく知っている。
ジキルは先輩にあたる悪魔のことを思い出していた。



「…フレンジィ、さん。」



かの最強で最凶の悪魔、フレンジィ。
常に血と死の匂いを纏っていた彼に抱いていたものは畏怖にも近い憧れだった。
爛々と輝いていた彼の瞳はある日を境に色を無くした。
狂気も、何も映さない絶望に染まった無色の瞳がかえって恐ろしかったのを今でも鮮明に覚えている。
それから数日後、フレンジィは西国の属国であった国一つを滅ぼして闇神子のキメラによって処刑された。



『ジキル、悪魔の僕達にとって愛は凶器だよ。』




決して、飲み込まれないでね。
処刑される当日、フレンジィの元へと足を運んだジキルにフレンジィはその言葉を託した。
彼はどんな気持ちで言ったのか、今となってはもうわからない。
しかしあの時の彼の瞳は僅かに色を宿していた。
あれはきっと、愛を奪われた、寂しげな色。
最強で最凶が聞いて呆れる、愛なんてものに踊らされたとは、周囲の悪魔は口を揃えて言っていたが所詮は愛と言う魔物の脅威から目を逸らしたかったのだろう。
ジキルだってそうだった、元より愛と言うものを根本から理解していない彼にさえ恐ろしいものだと感じさせた。
なのに、なのに…



「あいつは愛を知りたがってるって言うのかよ。」



ゆっくりと振り返ってみる。
そこには渦を巻く深い深い闇が広がっているだけで他には何も無い。
しかしジキルには籠の女の姿が見えた気がした。



「…人間のくせに。」



ジキルは再び前を向くと足早にその場を去って行った。
嗚呼、いまだ脳裏には散り落ちたであろう彼女の声が響く。




茨の足枷
(それは何よりも優しく残酷な声)
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