Glare4

□時追い
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「総統閣下、僕の兄は先の戦線で戦死しました。母と三人家族だった僕達は兄がいなくなった今、母が働くしかないのです。しかし母は体が弱く十分に働けません。僕は兄が守ろうとした御国の為にも、母の為にも軍人さんになりたいのです!」

「…御国と、母君の為にか。」



小さく呟いてから再び幸路に視線を移す。
その瞳には少しの迷いも感じられなかった。
純粋な瞳、この瞳にはどんな風に世界が映っているのだろう。
兄を失っても尚前へと歩を進めるこの少年の瞳が沢山の死が蠢く戦地を映すのを律は見たくなかった。
たっぷりと時間を置いてからゆっくりと首を振る。



「幸路、残念だが御人を軍隊に入れることは出来ない。」

「そんな…!!何故ですか、僕がまだ八つだからですか!?」

「御人の幼いながらも我が国と母君を思う姿勢には感心だ、御人のような子供が将来この東雲国を担って行くのだろう。そんな希望の芽を戦地に駆り立てて、枯らしてしまうのは勿体ない。」

「総統閣下…。」

「幸路、御人を軍に入れることはまだ出来ないが御国の為にやって欲しいことがある。」


「…僕にも、御国の為に出来ることがあるのですか?」



幸路の翡翠色の瞳が律を映す。
大きなそれに映るのは自分の顔で、律は在りし日の自分と兄様と呼び慕っていた従兄弟の会話を思い出していた。
彼を見上げる自分もこのように映っていたのだろうか。
律は薄く笑った。



「幸路、よく聞け。誰かとの関わりは初めは細い糸のようなものでもやがて鎖にも勝る強固な絆となる。しかし難しいことにその絆と言うものは互いに信頼し合わねば生まれないのだよ。」

「相手の存在を大切に思い、自分を構成するセカイの一部と考える。各々の心の中に広がるセカイが集まって私達が生きる世界が出来る。幸路、御人のようなこれからを生きる者達に必要な物は信じる心だ。」



彼の遺した言葉が自分の口から紡がれる。
詰まること無く溢れて来るそれはまるで隣りで彼が耳打ちをしていてくれるからのようにも思えた。
そこにいるのですか、兄様。
溢れそうになる思いに律は目を細めながら唇を噛み締める。
そして空を一瞥すると幸路の頭をくしゃりと撫でた。
紫色の瞳はいつも通りの強い意志を宿していた。



「どんなに肉体を鍛えていても
、どんなに頭脳明晰でも、心が脆くては意味が無いんだ。幸路、強い心を持て。前に進む力を蓄えろ。それが御人に出来ることだ。」

「総統閣下、そうしたら僕は兄様のようになれますか?兄様のような立派な軍人さんになれますか?」

「……ああ、きっとね。」




時追い
(思いは受け継がれる)
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