Glare5

□愛し方を知らない
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「ただ、幸せになって欲しかったの。」



消えてしまいそうな位に弱々しい声でルチカさんは呟いた。
誰に幸せになって欲しいかだなんて愚問だ。
それはきっと、あの鮮やかな桃色の髪をした闇人―バレッタと言っただろうか―にだろう。
悪魔と闇人が住まう此処ロッサ・クーにあいつを連れてきた日から彼女は変わってしまった。
今の泣きそうな表情もあの日以来しばしば見かけるようになった。
キメラさまの側近として美しくも残酷に存在していた彼女はもういない。
表面的には何も変わっていないが内面的な部分が酷く生者染みてしまったんだ。



「あの子だけは特別だった。健気に生きるあの子はあたしを惹きつけた。」

「ルチカさん、」

「あたしが悪魔じゃなかったら良かったのかしら。あたしという闇があの子を呑み込んでしまったの?」

「ルチカさん!」



全部、全部、辛かった。
少しだけ大きな俺の声にはっとした表情を見せたルチカさんはやがて涙を一筋流す。
悪魔特有の紅いそれを流すルチカさんは酷く脆く、触れれば割れてしまうシャボン玉に似ていた。
…嗚呼、俺はどうすればルチカさんの涙を止められたのだろうか。
ルチカさんの涙は、悲痛な表情はもう見たくなかった。
ねえルチカさん、俺は貴女に何をしてあげられる?
ルチカさんの為なら俺は何でもする。
だからお願いだ、そんな顔をしないで。



「…ルチカさん、俺が全ての災厄からルチカさんを守ります。」



人はこれを口説き文句というのだろうか。
そんなことは別にどうだって良い、俺は純粋にそう思えたんだ。
ルチカさんは涙を流しながらも目を丸くすると小さく俺の名を呼び、俺の首に腕を回して抱きついた。
ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐる。



「ジキルお願い、あなたはあたしから離れていかないで。」



僅かに掠れたルチカさんの声が耳に届き、それと共に抱きしめられる力が強まる。
嘆願するような声に俺はただ頷くだけで、抱きしめることは出来なかった。





愛し方を知らない
(もし知っていたならばルチカさんを救えただろうか?)

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