ILOVE YOU!

□鉢屋三郎
1ページ/2ページ



兵助は大変御立腹だった。

その原因は、目の前でふん反り返る友人の鉢屋三郎その人のせ
いに他ならない。
授業の終わった放課後、校舎裏に呼出され告白してきた可憐な
くのたまに、兵助が思わず頬を緩めて満更でも無い返事を返し
た途端、くのたまの姿は忽ち嫌味な表情をした不破雷蔵へと変
わってしまったのだ。
勿論その正体は雷蔵ではなく、鉢屋三郎である。

要は三郎に一番屈辱的な方法で謀られたのだ。


「それにしても、今回はまた一段と腕をあげたね。」


再び少女の姿へと転じた三郎の顔をぺとぺとと触りながら感心
する雷蔵に、三郎は素直に顔を綻ばせる。
同室者であり、同じ顔でいる事を認めた運命共同体とも言える
雷蔵に変装を褒められる事は、三郎にとって何よりもの幸せな
のだ。


鉢屋三郎は皆も知っての通り、言わずと知れた「変装の名人」
である。
だがその栄誉もなんの努力も無しに得たものでは当然なく、彼
が日々研究に研究を重ねて得た一時の結果に過ぎない。
人間は学習する生き物故に、変装の技法も常に進化をし続けな
ければ見破られてしまうからだ。
現に教師や一部の上級生相手では、変装して二度程接触すると
完全に変装を見破られてしまうようになる。
ほぼ一年中寝食を共にしている兵助、八左エ門、雷蔵等は特に
それが顕著である。
だからこそ「完璧な変装」を目指す三郎は、常日頃からこの三
人を変装で如何に欺くかという事を最重要課題として捉え、こ
うして度々質の悪い悪戯を兵助達に仕掛けていた。


「でも今回の実験は質が悪いっ。くの一の…しかもわざわざ人
の好みを突くなんてっ。」


未だに機嫌の直らない兵助が、きっと眉尻を吊り上げながら再
び文句を零した。

そう今回の実験、方法としてはくのたまに化け、順に呼出した
兵助達に告白するという実に単純なものだったのだが、兵助の
時は色白の可憐な少女、八左エ門の時は目鼻立ちのはっきりし
た覇気のある少女、雷蔵の時は素朴で愛らしい雰囲気の少女と
、わざわざそれぞれの好みに合わせた容貌で挑むという気合い
の入れようだったのだ。
だがそれが効を奏したのか、三人とも見事に引掛かってくれた

これは三郎の変装史上、最も高い成果である。


「何言ってるんだ兵助!忍者たる者、何時だって手を抜かず全
力投球だ!!」

「…なぁ、今回の変装ってモンタージュみたいなだろ?折角な
んだから三郎好みの女にも変装して見せろよ。」


三郎に殴り掛ろうとしている兵助を両手で押さえながら、八左
エ門がそれとなく話題を振る。
奇抜な性格と持って生まれた才覚からかそこそこ異性から人気
のある三郎だったが、今までその周りに女をちらつかせた事は
一度として無い。
そのくせ自分の事はあまり話したがらない。
純粋に、そんな三郎の"男"としての実態を形として見てみたい
と思ったのだ。


「えぇっ。面倒臭っ。」

「…確かに、僕達ばっかり恥ずかしい思いするなんて不公平だ
よね。」

「……………。」


八左エ門の軽い一言に「面倒臭い」と眉間に皺を寄せる三郎も
、雷蔵の笑顔の圧力の前には赤子同然である。
直ぐさま三郎は自分の顔をぐちゃぐちゃとかき混ぜ始めた。

伝子さんを始め、人とは少し違った美的センスを持っている三
郎が一体どんな化物に変身するのか内心わくわくしていた八左
エ門達だったが、意外にもそこに現れたのは知的な印象を与え
る美しい女性の顔だった。
余り自分の事を教えたがらない三郎の、初めて見せた"ただの
男"である一面に、八左エ門と雷蔵はへぇと目を見開く。


「あ」


ぽろりと漏れた声に一同が兵助を振返ると、彼はあんぐりと口
を開け、三郎の顔を凝視しながら言った。


「俺…すっごく似てる人知ってる……。」



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ