ILOVE YOU!

□竹谷八左エ門
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本日は忍術学園修了式。

一通りの連絡事項を伝えた後、生徒達は一斉に実家へと帰って
行く。

この休みが終わると普通ならば進級する筈なのだが…この世界
においてそんな野暮な事は考えないでいただきたい。
無論そんな訳で、最上級生である彼等もまだまだ学園に健在で
ある。
悪しからず。



荷物を纏めていざ帰郷の準備の整った兵助は、これから暫し離
れ離れになる友人達に別れの挨拶をするべく五年ろ組の長屋へ
とやって来た。


「あれ?」


廊下を進むと、とある一室の入口に見知った二つの背中を見つ
け、兵助は立ち止まった。


「よぉ兵助。」

「今から帰るの?」

「ああ。二人はハチの部屋の前で何やってるんだ?」


帰郷する際の着物の柄まで全く同じな三郎と雷蔵に兵助が尋ね
ると、三郎がちょいちょいと部屋の戸の隙間を指差した。
兵助が訝しげにその隙間から室内を覗き込むと、部屋の主であ
る八左エ門の逞しく成長しつつある背中が見えた。

部屋の中央で腕組みをし、胡座をかいている。



基本的に上級生になると、年に三度ある長期休みを全て"休み"
として有効活用する生徒はあまり出なくなってくる。
委員会の総長として学園を管理する立場になっていたり、何よ
り見つけた目標に向かって自身を研磨する事に夢中になる生徒
が殆どだからだ。

八左エ門も例に倣い、ここの所とんと実家に帰っていない。
だが流石にそろそろ帰らないと、時折実家から送られて来る辛
辣になってきた手紙の文面が更に酷い事になりかねない。
それに春ともなれば山岳地帯にある八左エ門の生まれ故郷は、
伐採やら畑の整備やらで大忙しなはずだ。
彼が委員長代理を勤める生物委員の仕事も一段落がつき、あと
は急いで帰郷するのみとなった筈の今、何故だか八左エ門は自
室で腕組みをしてうんうんと唸っている。

戸の隙間から顔を放し、兵助が傍らに立つ三郎と雷蔵に怪訝な
視線を送ると、二人は本物の双子も顔負けな動きで肩を竦めて
見せた。








「おーいハチ。まだ帰らないのか?」


背後の戸が開き、無遠慮に室内に入って来たのは、すっかり帰
郷の準備を整えた馴染みの友人達であった。


「なんだよ。もう準備出来てんじゃん。」

「良かったら途中まで一緒に行こうよ。」

「あー…うーん……。」

三郎が八左エ門の胡座前を覗くと、ちゃんと荷物の準備は出来ている。
ならば日の高い内にさっさと学園を出た方が何かと良いに決ま
っている。
しかし雷蔵が穏やかな声音で誘いの言葉をかけても、八左エ門
は苦い顔で曖昧に返事を返すだけで一向に動き出そうとする気
配を見せない。
いつもならばニカリと笑って直ぐさま「おう」と返す快活男児
な八左エ門が、何ともはっきりしない態度である。


「あーもう…一体なんなんだよ。実家に帰りたくない理由でも
あんのかぁ?」


三郎が面倒臭そうに耳を掻きながらそう言うと、途端に八左エ
門の肩がびくりと跳ねた。


「なんだよ。図星かよ。」








「……怖いんだ。」





ぼそりと呟いた八左エ門の意外な言葉に、三郎達は互いに顔を
見合わせた。
"怖い"など、豪快豪傑な八左エ門には到底似つかわしくない単
語である。

ましてや里帰りする際に発する言葉でも更々無い。


「ははぁ、さてはお母上が御冠でそれが怖いとみた!」


ぴんと閃いた三郎が軽く手を打って言った。


「ああ、そういえばハチの実家から『帰って来い』って催促の
手紙が何度か来てたよね。」

「ハチ、そうなのか…?」


「……あ、ああ…まぁそんなところだ。」


本当はそんな事で悩んでいた訳ではないのだが、だからと言っ
て友人達に気をかけさせる程の事でもない。

心配気に首を傾げる兵助に、八左エ門はやっと何時もの明るい
笑顔を見せた。


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