古今妖怪物語

□雨降り小僧の話(後編)
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翌朝、八左エ門が目覚めるとまだ雨が降り続いていた。
寝る前と編笠の位置が変わっている事に気付き、夜中あの子供
と会った事が夢ではなかったのだと八左エ門は確信した。
それ程までに昨夜の光景はどこか非現実的だったのだ。

ともあれ、久方振りの天の恵みは嬉しかった。
何より、村の人々が皆家から飛び出て全身に雨を受けながら喜
びを分かち合う姿が、八左エ門には一番嬉しかった。


水が再び満ちればやらなければならない事は山程ある。
また明日から田畑に水をたっぷりとやり、美味しい作物を作る
んだと意気込む八左エ門であったが、なんと雨はその日から五
日間も降り続いたのだ。

雨であろうと田畑の世話は休めるものではないが、作業を制限
される事も多々ある。
いつもより早目に帰宅した八左エ門は、する事もなく、その日
は早目に床に就いた。





ぱたぱた…

ぱたぱた…


雨音にしてはやけに耳につく音に、八左エ門は目を開けた。
辺りの様子からみて恐らく時刻はまだ深夜。
そろそろ丑三つ時ほどじゃなかろうか。
そして外から時折聞こえる幼い笑い声。

八左エ門は寝起きのおぼつかない体を動かした。

二度目の事で大体察しは付いていた。
八左エ門は大きく雨戸を開け放つ。
まだ、雨は降り続いていた。


「おーい、坊か?出て来い、坊。」


八左エ門の声に、暗闇の中の影がぴたりと止まった。


「坊か?何もしないから、ちょっとこっち来い。」

「…………。」


おおらかな声音に、影はとことこと近付いて来た。

近付くにつれ、影の輪郭はしっかりとしてくる。
影の人物は番傘をさしているようで、やはりいつぞやの子供か
と八左エ門は少し呆れながら影が近付くのを見ていたが、その
正体が鮮明になればなるほど八左エ門の呆れ顔は驚愕へと変わ
っていった。


大振りの番傘に白い肌。

こちらを見つめる大きな黒目がちの瞳。

たっぷりとたゆたう漆黒の髪。


確かに五日前に会った子供とそれらは非常に酷似していたが、
あのわらべはどう見ても五、六歳程の幼児であったはず。
しかし、今八左エ門の目の前に立っている子供は、どう若くみ
ても九つ、十程に見える。

紺色の小袖から伸びる手足も、ふっくらとした子供独特のもの
と違いすっきりと伸びた少年のものだ。


「お、まえ……坊…なのか?」


目を白黒させながら尋ねると、少年はじっと八左エ門の顔を眺
めてからこくりと小さく頷いた。

明らかに、成長している。

子供の成長とはかくも凄まじく、いつの世も大人達はその驚く
べき変化に目をむくものだが、これは明らかに異常な早さであ
った。

最早人の域を超えている。

そこまで考えた八左エ門の頭に、ぴんと一つの理論が通った。
子供と出会った夜から雨は降り続け、五日後再び会った子供は
どう見ても五つほど年をとっている。
この長雨と目の前の少年が無関係だと、はたして言い切れるだ
ろうか。


「…もしかしてこの雨、坊が降らせたのか?」


答えは勿論、いいえ、だ。

八左エ門が恐る恐る問うと、少年は先程と同じ様にじっと八左
エ門の顔を眺めてからこくりと頷いた。

普通なら、深夜に現れる異常な成長速度の雨降らしなど、不気
味に感じてしまうだろう。
だが目の前の人ならざる者は、不気味と感じるには少し素直過
ぎた。

むしろ頭の中を筋道だてる事が出来た為か、八左エ門は逆にな
るほどと納得がいってしまい、もとよりあまり無かった恐怖心
などあっさりと何処かへ行ってしまった。


八左エ門は縁側に腰掛けて少年の顔に視線を合わせる。


「俺、竹谷八左エ門。坊は口が利けないのか?」


初めて会った時のようににかっと笑って尋ねると、少年は少し
戸惑った後「少シ…ダケ…」と控え目に口を開いた。


「…もしかして、俺が『雨さえ降ってくれればなぁ…。』なん
て言ったから、雨を降らせてくれたのか?」

「…………。」


少年は又もやこくりと頷いた。

雨を降らせてくれただけでも十分嬉しいが、それが自分の為と
なればもっと嬉しい。
少年の、雨を降らすに至ったあまりにも素直過ぎる動機に、八
左エ門の心はぽっと火が灯ったように暖かくなった。

そう、不覚にも照れた八左エ門は、未だこちらをくるりと丸い
瞳で見つめてくる少年の頭をくしゃくしゃと撫でながら

つい

言ってしまったのだ。


「ありがとうな。嬉しいよ。」


と。

少年は八左エ門の笑顔に、にこっと可愛らしい笑顔を返すと、
以前と同じ様に雨の中をさっと駆け何処かへと消えて行ってし
まった。

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