古今妖怪物語

□句句廼馳の話(前編)
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「句句廼馳」

天地が誕生した頃の日本に棲んでいたという巨人。当時はまだ
天が低すぎて、天地の間に動物や植物が棲息することができな
かったため、息苦しさを感じた句句廼馳が両手両足をふんばっ
て、現在の高さまで天を持ち上げたという。
『日本書紀』では、イザナミノミコトが日本の島々を生み、さ
らに海、川、山を生んだのち、木の精霊である句句廼馳を生ん
だとしている。この巨人が木の精霊であるのは、天を持ち上げ
るその姿が、天に向かって伸びる樹木の姿に似ていたからかも
しれない。

(新紀元社出版『幻想動物事典』より)









深々とした森の中、道無き道を草を掻分け進む人の子がいた。

まだ日も顔を出さない朝靄に包まれた早天の密林を、一心不乱
に進むその子供。
名前を小平太といった。
小平太には昔から不思議に思う事があった。

彼が生まれ育った村は四方を山に囲まれ、街道から隔離された
ような小さな村だったが、その豊富な緑こそが村の唯一の生活
収入の支えであり、同時に村の誇るべき象徴でもあった。

特に四つある山の中でも一際荘厳な空気を纏った北の山の山頂
には大変見事な大樹が植わっており、天に届かんばかりのその
出立ちに、村人は古来からその大樹を村を守る霊木として崇め
ていた。

その霊木はあまりに巨大な為麓の村からでも判別出来る程で、
丁度霊木のてっぺんが山の角の様に突き出していたのだが、物
心ついた頃から小平太にはその突き出した木のてっぺんが何故
だか巨大な腕に見えた。

だがその事を村人に言っても誰も信じてはくれず、何度も口に
しているとやがて気味悪がられ始めた。


始めは自分の目がおかしくなったのかと疑心が生じたが、何度
目をこすってみても小平太にはやはり巨大な腕にしか見えなか
った。

そこで小平太はまだ村人が起きぬうちに北の山に入り、霊木の
根元を確かめることにした。
まだ幼い小平太には危ないと、山に入る事は許されていなかっ
たのだ。
実際、四方の山の中でも一番険しい北の山を登り出した小平太
は、一刻も経たぬ内に息が切れ始めた。

登って、登って、また更に登り、時には大岩にへばりつきなが
ら登り続けた。





ようやく山頂に着いたのは日もだいぶ高くなった頃だった。

ついに霊木の根元を目の前にして、小平太は立ちつくした。
目の前には霊験あらたかな巨大な木の根元ではなく、視界に入
りきらぬ程大きな"人の足"があったのだ。


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