ILOVE YOU!

□潮江文次郎
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「立花先輩!潮江文次郎見ませんでしたか!?」


食堂に駆込んで来たくのいちの少女は、食堂の隅で一人茶を啜
っている仙蔵にずいと詰め寄った。
四年生位だろうか、飛切りの美人という訳では無いがなかなか
に可愛らしい容姿の少女である。
もっとも、今現在はその愛らしさも鬼の様な剣幕に隠れてしま
っているが。


「やつなら教室棟の方へ行ったぞ。」


仙蔵が軽く湯飲みから口を放してそう言うと、少女は礼もそこ
そこに瞬く間に食堂から飛出して行ってしまった。


「………。…約束通り、次の演習宜しく頼むぞ、下僕くん。」

「くそ…。」


にこぉと含みのある笑顔を浮かべる仙蔵の目の前に、食堂の天
井裏から文次郎が現れた。


「なかなか可愛らしい少女じゃないか。一体どういった間柄な
んだ?」

「…別に何でもない。」


少しの間を置いてからそう答える文次郎に、仙蔵は思い切り顔
をしかめた。
何でもない風を装ってはいるが、残念ながら声がうわずってい
る。
心に疚しい事があるとつくづく嘘の下手な奴である。


「ほぅ、大した事ないなら別に話しても構わないだろう?…そ
れとも次の演習でそれ程私の為に働きたいのか?」

「だああもうっ!ただあいつが水浴びしてる最中にちょっと遭
遇しただけだよ!!」

「なんだ、そんな事か……





……なんだって?」


常に冷静沈着だと評判の仙蔵も、これには流石に目をひん剥い
た。

なんでも昨夜、文次郎が毎度の夜間鍛練をしている最中、入浴
時間を逃してしまい山中で水浴びをしていた彼女と偶然鉢合せ
してしまったのだという。

しばしお互いその場で固まった後、文次郎は何事も無かったか
の様に無言でその場を立ち去り現在に至るらしい。
それでは先程の彼女の剣幕にも納得である。



「それで、どうだった?」


湯飲みを机に置き、仙蔵は目を細めながら文次郎に問掛けた。


「は?」

「は?じゃないだろう。いくらお前でも、若い女の体に何か感
じるものがあっただろうと訊いているんだ。」


青白い月明りの中、山の清水で身を清める少女の可憐な体躯を
想像すれば、仙蔵にも男としての興味が湧くというものだ。
しかもそれが堅物一辺倒な文次郎の口から話されるのなら尚更
である。

そんな期待のまなざしを向ける仙蔵に、瞳を泳がせ昨晩の光景
を思い返していた文次郎は

はっきりこう言った。





「別に一年坊主共と大して変わらなかったが。」





その日の放課後、頬を真っ赤に腫らしてやって来た会計委員長
に、後輩一同がぎょっとしたのは言うまでも無い。





『私は女性の味方だ』

自分の頬を打った友人の捨て台詞をふと思い出し、文次郎は会
計帳簿に顔を埋めて頭を乱暴に掻き毟った。

そうする事で、頬の痛みと昨晩見た少女の残像が消えてくれる
様な気がした。



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