book3

□願い事
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夜空を切り裂く閃光になれたらいいんだ。
錆びた車輪がオーバーヒートを告げる。誰にも見付からないように全力でペダルを漕ぐ。纏わり付く大気も非難も振り払って蹴落として。背中にある彼女の感触だけが途切れる息を吹き返らせるから。


願い事


「大林」
「ん」
「速い」
「うん」
「そろそろ」
「うん」
「止まって」
「聞こえへん」

風の仕業にして聞こえないふり。ちっちゃな独り占めをどうか笑ってほしい。

「私家帰りたいんやけど」
「うん」
「帰らへんの?」
「聞こえ」
「聞こえてるやろ、ほんまは」

誰にも見付からないように。
誰にも見付からないように。
誰にも、

「……やっと止まった」
「……うん」
「ここどこ?」
「知らん」
「何それ」

辿り着いたのは誰にも見付からない誰も知らない俺も彼女も知らない場所だった。静寂は素知らぬふりに長けているらしい。彼女の苦笑だけが宵闇に溶ける。
この心は夜に溶ける?

「もー、明日早いのに」
「明日か」
「え?」
「飛行機」

この空の下で彼女は笑うのだろうか。この空と海を隔てたあの空は本当に一緒なのだろうか。太陽はどこにでも微笑みかけるのだろうか。
今光っている星は彼女が行ってしまう場所からは見えないかもしれないじゃないか。

「ほんまに行くん?」
「何が」
「イギリス」
「行くよ、そりゃ」
「ふーん」
「何、今更」
「何もないけど」

また騙してしまった。許してほしい。
本当は今からキミを自転車の後ろに乗せてどこまでも走り続けたい。二人で二人だけで、どこかへ。
けどそんなことどれだけ望んだって不可能に決まってるだろう?

「大林」
「ん?」
「ありがとう」

見えない星でも、違う空でも、

ここにいるってことだけを伝えたいだけなんだ。もうすぐいなくなるキミにそう伝えたいだけ。
キミの微笑む強さもボクの嘘を吐く弱さも全部煌めく魔法。勝てない吐息は負けないようにしがみ付く。そうだ弱くたって強がることは出来る。

「ありがとう」

ほら黙ってしまった。ごめんね役にも立たない奴だけど遠ざかるキミを見送ることだけはしたい。もしもあの星が本物じゃなくて偽物だったとしたら限界まで本物に近い星の模造品を作りたい。キミはそれでも嘘だって笑う? 笑ってもいいよ。
笑ってもいいよ。泣いてもいいよ。ボクのための涙じゃなくてもいいよ。忘れないでいてくれれば思い出してくれればいいから。
言葉の代わりに願うよ。同じ空の下にいることを願うよ。いつか会えると、いつかばらばらでも幸せになれると。だから今は聞こえなくても好きだと言わせて。

それだけで星はどこまでも光り続けるから。ボクは閃光になれるから。



(2008 2/15)


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