文章たち

□「神様はきっと私達をお許し下さるでしょう」
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「また首かい?」

聞きなれた声がした。

「………」

誰だったかしら、と考えてみた。思い出せないわけではない。思い出したくないが故の、表面だけの反抗。

「本当に首狂いだ」

せっかく知らぬふりをしてやっていたというのに、そんな言葉を掛けられてしまえば見逃す気もなくなる。

「猫…!」

しっかりと握り締めた鎌と共に思い切り振り返ると、予想通りの姿が映った。

「やぁ」

せっかく体と首を離してやったというのに、愚かな猫!

「なぜ首があるのかしら」

わざとそう口にすると、猫のにんまり顔がほんの少し深くなった。
猫に答えを求めたわけじゃない。それは目の前の者も分かっているのに、わたくしと同じくわざと答えるのだ。

「分かっているくせに。アリスがそう望んだからさ」

あぁうるさいわ!
どうしても喋るのだったらそのにんまり顔をやめてからお喋りなさい、苛々する!

「眉間に皺が寄っているよ?君は本当にしかめっ面がよく似合うね」

「お黙り!」

鎌を猫の首目掛け、思い切り振るが、あっさりと避けられる。

「学ばないね」

口の減らない猫だこと!

「わたくしの前に現れないでと言ったはずよ!」

鎌を振り回しながら言う。
わたくしが鎌を振り回しながら喋るだなんて器用な真似を出来るのは、もしかしたらこの憎たらしい猫のお陰なのかもしれない…あぁ嫌だわ!
わたくしが生み出されてから一番時間を共に過ごしたのはトランプ兵でもウミガメモドキでも、ましてやあの蜥蜴というわけもなく、もしかしたらこの猫なのかもしれない。

「でも君は一人で退屈だろう?」

何が退屈よ!
アリスがガッコウに行っているから構ってもらえなくて、猫の方が退屈のくせに。わざわざ彼女の傍にいれることを自慢しているのね!

「猫が暇なのは分かったわ。だからといってそれにわたくしを巻き込まないでと言っているの!アリス以外の者と喋りたくないわ!」

「アリスは今ガッコウだよ」

その言葉を何度この猫から聞いたことか!
あぁいやらしい猫!わたくしのことを冷やかして何が楽しいのか!
猫の小さな言動の一つ一つに、わたくしのペースは乱される。それを分かっていて、猫はわたくしで遊んでいるのだ。

「それに僕は退屈だから来ている訳じゃないさ」

猫が近付いてくるから、反射的に後ずさる。
猫は邪魔そうなローブを着ているくせに歩くのがやたらと速かった。それに対してわたくしは、ドレスと鎌のせいで上手く後ろに下がれない。何故かわたくしは猫に気圧されていて、慌てていた。

「寄らないでちょうだ…っ」

足元にある木の幹にも気付かず、足を引っかけて後ろに倒れ込みそうになった。

「……っ」

咄嗟に鎌を自分の首を切らないよう反対に向けて、全身の痛みを覚悟して目を閉じる。

「ちゃんと後ろを見ないから転びそうになるんだよ」

耳元で声が聞こえて、恐る恐る目を開けた。目の前には誰にもいない。

「な…っ」

声の主を探して辺りを見回そうとした時、左耳に息が吹き掛けられる。慌ててその方向を向くと、すぐ傍ににんまり顔があった。

「…離し、なさいっ!」

慌ててその顔から離れようとして、ようやく自分が抱き締められる形で猫に支えられていることに気付いた。腰に猫の右手が回され、左手がわたくしの右手を掴んでいるのだ。わたくしが持っていたはずの鎌は、いつの間にか地面に落ちていた。
猫がわたくしを抱き締める力は強く、抜け出そうといくらもがいても身動きも出来なかった。

「嫌だよ」

わたくしの言葉に少し遅れて猫が答えた。力が更に強くなった気がする。
わたくしの体が少し軋んだ。

「…痛い、わ…!」

認めたくはなかったが、正直耐えられる痛みではなかった。
わたくしの訴えにも満足しないのか、猫の腕の力は弱まることがなかった。

「離さないよ。君にわざわざ会いに来たのに、ちゃんと話も出来ないのは僕だって嫌だからね」

わたくしは猫の言葉を理解しようとしていて、自分を抱き締める力が弱まったことに気付かなかった。
猫は動かないわたくしをそのまま後ろの木に押さえつける。気付いた時には、また身動きが出来ない状態になっていた。

「僕の言っていることが分からないかい?僕は君に会いに来たんだよ。君に会いたかったんだ」

にんまり顔やバカにしたような口調はいつもと変わらないのに、その言葉はいつもの、今目の前にいる男のものとは思えなかった。

「そう。わたくしを不快に出来るニュースでもあったのかしら?」

反射的に言っていた売り言葉。いつものように憎まれ口を口にしてくれたのならば、また喧嘩が出来る。今ならまだ、いつも通りに、戻れる。

今猫は、いや、わたくし達は越えてはいけない境界線を越えてしまおうとしている。
それは、もしかしたら、アリスに対する裏切り行為にもなるのかもしれないのだ。

「君に会いたいと思うのに理由なんかいらないさ。君がアリスに会いたいと思うのと同じでね」

猫の言葉に、頭が真っ白になった。全身の力が抜けて、その場に崩れ落ちる。

「…猫にとって、わたくしは何番目なの」

わたくしにとってのアリスが、猫にとってわたくしだとしたら。それは境界線を越えたことになってしまう。
一瞬、そんな恐ろしい考えが頭に浮かんだ。

「二番目だよ。僕らにとってアリスは絶対さ。でも僕が会いたいと思うのは君だ」

猫がしゃがみこんで、わたくしに目線を合わせた。実際にはフードしか見えないのだけれど。

「それは、許されることなのかしら…」

認めてはいけない願い。それはアリスに抱くものと全く同じなのだ。

「アリスは笑って許してくれたよ。嬉しそうだった」

「そうね…わたくしたちのアリスは優しいもの」

大好きなアリスの笑顔を思い浮かべた。
きっと優しいアリスは、猫の願いだけでなく、わたくしの願いも喜んで許してくれるのだろう。


「…会いたい、わ」

自然と口から漏れた言葉に、わたくし自身驚く。

「それは、アリスに?…それとも、僕に?」

目の前の男は、やはりにんまりと笑っていた。



「アリスに決まっているでしょう?」

わたくしもその顔に向かって、にんまりと笑ってやった。















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