捧・頂

「また」なんて言う資格はないけど
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『トシ、私ね…明日
 江戸に行くことになったの。』


「は?」


『結構頑張ったんだけど…
 期限切れみたい。』


「何の期限だよ。」


『自由。』



















 きっと今あなたは

 私の言っていることの意味が

 わからなくてイライラしてる。






 だっていつもより

 眉間のしわが多いもの。
























「ちゃんと言え。
 わけわかんねェよ。」






















 どうして、なんて聞かれたら

 うまく伝えることなんて

 できなくて、






 ただ一つ言葉にできることが

 あるとしたら…





























『凄く幸せだった。』
























 あなたへの気持ち。









 でもね、彼女の気持ちを

 知っている私が、







 もう会えなくなるあなたに

 すべてを伝えるのは

 ずるいと思うの。




































『ほら、私って
 家出娘だったじゃない?』


「あぁ…
 そういえばそうだったな。」


『何よそれ。忘れてたの?』


「いや…なんつーか…
 ここにいるのが当たり前みてェ
 でよ…
 初めから一緒にいた感じが…」
























 耳を真っ赤にしながら言う

 あなたを見ると、






 私の自惚れとかじゃなくて

 一方通行の想いでは

 なかったんだ、と思う。




















 ただ、私には私の、

 あなたにはあなたの、

 譲れない事情があったから、











 私もあなたも、








 自分の想いを伝えることも



 相手の気持ちを知ることも








 何もしなかった。




























 だけど私たちは二人でいた。






 落ち着くから、なんていう

 曖昧な距離で。

































『まぁ私、愛されてたからね。
 ミツバちゃんとか総悟とかに。
 でも今日で終わり。
 家の人に見つかっちゃったし…
 もう戻らないと。』





















 楽しかった日々とも

 幸せだった時間とも






 …あなたともお別れ。

























『トシたちもいずれは
 江戸に行くんでしょ?』


「あぁ。そのつもりだ。」


『なら…いつか江戸の何処かで
 会えればいいね。』



























 きっとその時はなにもかもが
 
 変わってしまっていると

 思うけど















   <会えればいいね>



 そんな時が来るはずないとは

 わかってるけど




















 やっぱり会いたい、なんて

 思うのは私の我が侭で


















 こんなことを言って私という

 存在を忘れないでいてほしい、

 なんていう私のずるい我が侭。




































「どこだよ。」


『え?』


「家どこだよ。俺たちが
 江戸に行ったら捜してやる。」



















 だめね。あなたは優しすぎる。




 普段はあまり優しさなんて

 表に出さないくせに…





 離れられなくなるでしょう?

























『江戸で一、二を争う大きな家。
 そして自由を許されない場所』


「………」


『また…いつか会えたら
 甘味処に連れて行ってね。』


「……………」




















 気づけば私は

 トシの腕の中にいた。

 力強く、抱きしめられていた。























『トシ?』


「絶対見つけてやるよ。
 よくわかんねェが…
 自由だってくれてやる。
 だから…泣くな。」


『え…』











 やだなぁ…私ったら泣いてる…


 笑ってるつもりだったのにな…


























『ありがと…ねぇトシ…私から
 一つだけお願いがあるの。
 …ミツバちゃんをよろ…
 んっっ』
















 最後まで言うことは

 叶わなかった。

 

 私の言葉は

 トシの唇によって遮られた。




























「…それはきけねェよ。」


『…そうね。
 トシは刀を握るものね…』

















 その時のトシの何か

 言いたげな顔に

 私は気づかないフリをした。


























『本当は明日じゃなくてもう
 行かなくちゃ行けないの。』


「は?」


『勲さんや皆にはもう
 挨拶してて…トシが最後。』


「何だよそれ…」


『どうしても最後に会うのは
 トシがよかった…
 トシ、今までありがとう。
 …ばいばい。』















 やんわりとトシの腕を解いて

 私は彼に背を向けた。




































「姫様。城で上様がお待ちです」


『わかっています。
 兄上には感謝してますから。』




























 きっともう会えない。







 焦がれるほどの想いも


 切ないくらいの愛しさも






 あなたに伝えることはない。

























 ねぇトシ…







 あなたは幸せになってね






























 重なった唇の熱が

 小さく胸を痛めた。


















「また」なんて
 言う資格はないけど

 
 (笑いあう日が来たのなら)
 (愛してるって伝えたい)







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