東方幻想町物語

□第壱部・学園編
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さて。この商店街には二つの有名な店がある。

一つは先ほどの花屋、《無名の花屋》。

もう一つが商店街出口辺りにある喫茶店、《マヨヒガ》。

オープンテラスを用いており、晴れの日は清々しい空の下でコーヒーをいただける。

喫茶店と聞くとたぶん大方のヒトがアンティーク調の店内風景を予想すると思う。

でも、この《マヨヒガ》は純和風のつくりだ。

土足厳禁な上に畳張りである。

まぁ、そんな奇天烈な店のつくりの所為か人気は上々。

この商店街の目玉である。

そしてぼくの登校時間には必ずオープンテラスの準備に励む二人がいる。


「こんにちは!」
「こんにちは」
「あら。朝早いわね」


ぼくらの挨拶に答えてくれたのは《マヨヒガ》の店長、八雲紫さん。

ぼくのお母さんの姉にあたる。


「こ、こんにちはっ!」
「……元気そうですね、椛さん」


パラソルを三つ抱えて苦しそうにしている少女は犬走椛。

この喫茶店の唯一の店員だ。

ちなみに去年の卒業生。ぼくらの先輩である。

剣道が強いコトで有名だったがなぜかこの紫さんにあの手この手で引き込まれたらしい。

うーん、合掌。災難である。


「二人ともいつも一緒ねぇ」
「秘行がだらしないからです」
「だらしなくしてないよ」
「へぇ……どこの誰がベットの側面に抱きついて眠っていたのかなぁ?」
「関係ないだろ!」


思い出させるなよ、バカたれウサギめ。

あれは何かの間違いなんだ。


「あっはははははははは!!!」


……大爆笑しなくても。

商店街中に響くほどに笑わなくてもいいじゃないですか。

なんだかもう本当に恥ずかしくなってきた。

狂言みたいなヤツらめ。


「藍から色々と秘行のコトは聞いているけれど、本当に可愛いコトをするのね」
「可愛げなんか無いんじゃないですか?」
「無自覚なだけよ」


一生無自覚でいい気がしてきた。

このヒトと喋ると本当に精神を持っていかれる。

このあと学校なのに! もっとヤバイやつとかいるのに!


「あ、そうだ。椛、あれ持ってきて」
「昨日作ってた物ですね」
「そうよ。早めに」


パラソルを差し終えた椛さんは足早に店内に戻る。

そして出てきた椛さんはぼくと礼仙に小包み手渡す。

手渡されたものは軽く、そんなに大きくも無い。

ほのかに甘い匂いさえも漂う。なんだ、これ?


「クッキーよ。どうせ今日会うと思ったから作ったの」


どうやら紫さんの手作りらしい。

嬉しいなぁ。紫さんのお菓子は美味しいからな。


「ありがとうございます、紫さん!」


礼仙も喜んでるし。

それだけ紫さんの料理スキルは群を抜いているのだ。

我がアパートの大家が骨抜きにされるほどだ。

まだ紹介すらしていないから解らないかもしれないけれど。

ぼくはバックに小包みを詰め込み、紫さんに軽くお礼を言って学校へ向かった。

ようやく、商店街を抜け出したようだ。
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