Novel

□僕らの上に見える空
3ページ/3ページ

 その背中を眺めつつ、緑の制服の青年が赤い耳を押さえてぼやく。
「ひどいなぁ…」
 白いローブの青年は一層楽しげに声を立てて笑った。くつくつと喉を鳴らした後、肩を叩いてやる。
「貴方がいけないんですよ。ランティスをいじめるから」
「しょうがないでしょう。あんなに楽しい人はそういないんです。キミだって止めなかったじゃないですか」
「僕、要領いいもので」
 同じ顔が真逆の表情で語り合う、何とも奇妙な光景に周囲が呆気に取られていると、ジェオが手を打って呼び掛けた。
「さ、用意も出来た事だしそろそろ始めませんか」
 我に返ったクレフも頷く。
「そ、そうだな。では…」
 いつもの穏やかな表情で杖を立てたクレフに促されて、イーグルは席を立った。ザズ、サイユン、海、風が配ってくれたカップを掲げ笑顔で会釈する。
「…こうして、また美味しいお茶を楽しめるなんて思ってもみませんでした。皆さんのおかげです。―――ありがとうございます」
 何ともイーグルらしい、ほのぼのとした言葉だった。それでも、居合わせた者にとっては感慨深い意味を持ち胸に浸みる。
 かつては敵国として、セフィーロへと攻めてきた侵略者達が同じ席でお茶を飲む。
 意識だけはあったものの、肉体が眠ったままこれまでを過ごしてきたイーグルからしてみれば、目覚めた後に出来ていた国同士の絆がどれほど嬉しく思える事か。

 ずっと憧れていた青空の下を、刃を交えた者達に気遣われながら初めて歩いた日。自分より背の高い黒髪の友人は何も言わず、いつか自分がしたように肩を貸してくれた。
 嬉しかった。
 この空がまた、眺められる事が。同じ色の目をした彼の人が、穏やかに笑っている事が。
 そしていつか、この空が母国に広がっている光景を夢見る事が嬉しかった。

 皆も口々に喜びと祝福を送り、各々用意した贈り物を手渡す。イーグルは一人ずつ丁寧に謝礼を述べながら受け取る。
 歓談を交えて挨拶を済ませた後、最後に隣へ向き直った。
「オウル」
「はい?」
「…すみませんでした」
 心底申し付けなさそうに頭を下げたイーグルに、面食らったように沈黙する。

 複数の意味を持つ謝罪だった。
 病を隠していた事、侵攻の本当の目的を偽っていた事、心配をかけた事、今日までの間イーグルが罷免されないように苦労をかけた事。
 双子だからこそ、イーグルの病状を知ったオウルの衝撃は大きかった。通じ合うものが多く、何でも同じように過ごしてきた二人だ。命に関わるほどの病に気付けなかった事が口惜しく、弟だけがそんな病に冒された事がいたたまれなかった。
 イーグルも、やはり双子か、そんな心情を感じとっていた。同じ顔をした兄は、とても自分を想ってくれている事をちゃんと知っていたのだ。だからこそ嘘をついて国を出た時、深い罪悪感に苛まれた。
 通じ合う事が出来るからこそ、互いに歯痒い思いを抱えていたのだった。

 沈黙していたオウルが、席を立ってイーグルの肩を抱いた。異なる国の服を着た同じ姿の二人。どちらも互いの肩を貸りて表情を隠している。見えなくても、周囲には彼らが泣いているのだと分かった。

 暫くしてゆっくりと体を離し、イーグルに微笑みかけた後オウルは皆を見渡して口を開いた。
「イーグルを…弟を救って下さって感謝します。オートザム政府として、国民として―――兄として心からお礼を言います。ありがとうございました」
 一人ずつ目線を合わせ、最後に魔法騎士たちを見つめて深々と頭を下げる。
 傍らではイーグルが気恥ずかしそうに微笑んでいた。

 潤んだ目でそんな二人に笑顔を返し、光が大きく頷いた。
「元気になってくれて良かった!さ、お祝いしよ、イーグル、オウル!!」
 双子は顔を見合わせて破顔すると、ぴたりと揃って答えた。

『ええ。そうしましょう』

 空は青い。
 晴々とどこまでも。



end
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ