Coo.

□嫌煙と泥酔
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呑んで夜中に帰ってきたら、アパートの前にホタル族がいるじゃあありませんか。まあ族と言いつつ一人なんだけどもね、それで誰かと思ったら意外や意外、ニッキだったので驚いて声をかけた。
「何やってんの」
風もなく静かな夜、ニッキはすぐに気付いてくれて、タバコを「どうも」という風にかざして応えてくれた。近づいて隣にしゃがむ。ニッキは坂の途中に建っているアパートを支える土台部分の石の壁に寄りかかっていた。背中が痛いのでおれはやめたが。
「こんばんは」
「ども。ヤナイさんこそ何やってんすか」
焼けた声。ニッキもかなり呑んだ後らしい。彼が酒焼けするまで呑むなんて、シューヘイが禁煙すると言い出すのと同じくらい珍しいことだ。勧めてくれたので一本、どもども、なんて言いながら火をつけてもらう。ショートホープのおれには大分ぬるい、弱いやつだ。
「おれは呑んでただけだけどさ。珍しいね、ニッキが酒にタバコとは」
「その言い方嫌だなあ……」
「なんかあった?」
酔いの勢いで潔く訊いてみる。ニッキは、ふ、と苦笑しながら息を吐いて、間を開けずに煙を吸い込んだ。
「うん。……いや。」
どっちやねん。まあ、別に無理やり聞き出すつもりもないので、酔っぱらい二人、しばし黙ったまま夜をみつめる。星は見えない。


これがニッキでなくアキラだったら、おずおずとでも話し出すだろう。まあおれに相談する前にこいつのところに行くだろうが。
その点、スグルやシューヘイは割と一人で解決できるタイプだ。スグルはおれなんかよりずっとさばけた頭をしているし、シューヘイは多分ずっとそうして生きて来たんだろうから。
ニッキも決してそうできないわけではない。ただ、お人好しすぎて他の人のことまで余計に考えてしまって、こうしてときどきダウナーになる。コックさん志望の彼が、舌を悪くするからと普段嫌遠しているタバコをふかしているとなると、これは相当に参っている証拠だ。分かりやすいのがせめてもの救いかな。
過去にこういう風になっていた時期っていうのは、例えば、アキラがここに来る前。ニッキはそのときもアキラの家庭事情を誰にも話さなかったから、そのことは後から知った。「もう一つ部屋を貸してもらうことになるかも」、とおれに持ち掛けたときも、理由は訊くまで話そうとはしなかった。


「優柔不断、」
ニッキが呟く。律儀に携帯灰皿にタバコを押し付け、次のものを取り出し火をつける。
「なんだよ。」
「ニッキが?」
「うん」
「……そうかねえ」
「そう、すよ」
言いながら少しむせた。
「……あのねえ、」
ニッキくん。あなたの場合、優柔不断なんではなくて単に大切なものが多くて選べないだけなんじゃないかな。
と思ったが、こんな酔っ払いに言われてもかわいそうなのでやめて、
「決断に時間がかかるのは悪いことじゃないと思うけどね」
と言葉を変えた。
「でもあんま考えすぎるとハゲるからね、気を付けないと」
「ははっ」
それはちょっと、なんて言いながら疲れた顔で笑って、まだ長いタバコを消す。
「要ります?」
「ん、ああ、じゃあ」
残りの入った箱をおれに渡して立ち上がり、ふいにおれの目を見てくる。
「ありがとうございます、なんか」
「いやあ。なんにも」
おやすみなさい、ちゃんと寝なさいよ、明日もバイトでしょ、風邪引かないようにね、おれの言うことに逐一頷きながらニッキはよろりと会釈し、ふらつきながらニッキはそのまま外階段を登って行った。ドアが閉まる音がした後はまた静かになる。街灯に浮かぶ手元の箱。3本減っている。
こんな弱いやつじゃあ効かないだろうに。さっきだって、酔ってる風で、本当の酔っ払いはあんな真っ直ぐに人を見たりしないものだ。
すごいよ、ニッキは。
思わず口にしたこの酔っ払いの戯れ言を、誰か目を見て彼に言ってやれ。
おれは壁の後ろのアパートに念じつつ、その場を後にした。

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なぜオッサンの酔っ払いトークを書いているのか笑
悩めるお兄ちゃんとパパが好きだと言う話。

080819
 

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