L'ecrin-レカン-

□恋に溶けて君に溺れて
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夏の陽射しを申し訳程度に遮るレースのカーテンが、時折窓から入って来る風でユラユラと揺れる。
淡くなった陽射しが揺れる。

ゆるゆると頬を撫でる風は温い。

「暑ィなぁ」

先程から『暑い』しか言えない。

恋人の家に来てそれしか言葉はないのかと、ツッコミ役は生憎俺以外に誰もいない。
一人ツッコミ程つまらないものはない。
代わりにいつもは天然ボケの恋人から、思いも寄らないツッコミが届いた。


「なら、離れた方が涼しいんじゃないかしら?」
私は嬉しいからこのままの方が良いけれど。
と、珍しく意地の悪い台詞が涼しげな声に乗せて、頭の上から聞こえた。
「んー?」
言われた俺は見上げると、ダラけていた手を俺の身体が乗っかっている太股まで持って行き、肘でも掛ける様に手をかけた。

一瞬ピクリと頭に当たる体に緊張が走ったけれど。
それはすぐに解け、柔らかいものに変わる。

「もぅ…」
窘められた様な、呆れられた様な、嬉しさが滲む様な。
どの色にも捉えられる、声色。


今、どんな体制? と言われれば。
これでもかって位に、俺はあやめにくっついている。

ん? あやめが俺にくっついてんのか?

まぁ、どっちでもイイや。
気持ちイイから。

柔らかい胸を背もたれに、俺はあやめに身体ごと寄り掛かっていた。

丁度、胸に頭を置いてるから、枕代わりに柔らかくて気持ちイイ。

此所には誰もツッコむ奴はいねェから良いんだよっ。

万事屋だったら絶対ェ出来ねェけどよ…。


此所には二人きり。
構うもんか。


触れる体は熱い。
けど離れたらもっと暑くなる。

ただ今、夏の暑さにやられて思考回路はショート中。

ただこの場が、この熱が心地良いから。

それだけが俺の脳を支配する。


微睡む体はズリズリと這い落ちて、頭は太股に落ちた。
俺は寝の体制に入ろうと向きを変えて、肌に顔を埋めた。
熱いけれど、サラサラとした感触に少し暑さが引いた気がした。
その感触が気持ち良くて、俺は顔を押しつける。

「銀さん、くすぐったいわ」
そう言いながらも降る声はどこか楽しそうで、髪を撫でる手は優しい。


身も心も溶け合っても一つに混ざり合わずに、いつまでも寄り添う様にそこに在る。

いっその事、この暑さに溶けて、混ざっちまえば一つになれんのかな。


「それにしても暑ィ。お天道さん頑張りすぎじゃねぇ?」
頑張ったって碌な事ねぇよ。夏は特によ、うん。

「『心頭滅却すれば火もまた涼し』よ、銀さん」

あやめの声にまた上を向く。
「…そりゃあ、お前は忍びだからこの位の暑さ、我慢出来んだろーけどよ」

あやめは身を屈め、俺と目を合わせた。

俺の顔に、あやめの影が落ちる。

…あ…少し涼しい。


髪が俺の顔にかからない様、髪を手で押さえている。
細やかな気配りが出来る女だ。
でも逆さに覗き込む顔は、まるで子供の様な無邪気さで。

ついちょっかいを出したくなる。

「? どうしたの? 銀さん」
俺の変化に気付いたらしい。
俺はどんな悪戯を仕掛けてやろうかと頭を巡らせる。

何処の餓鬼だと思ったが、生憎俺はお前に関しちゃまだまだ餓鬼だと自覚する。

どうにも自制が効かない。
止まってくれない。

「…お前、暑くないの?」
「暑いわよ?」
「嘘だな。涼しい顔してんじゃん」

その白い頬に触れてみたら冷たそうだ。

「そんな事ないわよ? 熱くて溶けそうだもの……銀さんに」
なんて。と、小さく笑いながらお得意の口説き文句と来たもんだ。


昔の俺なら一目散に逃げてるかもしれないが。

今の俺には効果テキメンだ。狙ってんのか、コノヤロー。
…ああ、でもコイツは天然だっけ。
天然なら余計始末に負えねェよ。


「…本当に溶けるかどうか、確かめてやる」


俺は上に腕を伸ばし、奴の首の後ろを軽く掴まえると、涼しい顔は降りて来て。

俺はその唇に己のそれを噛み付く様にぶつけた。

顔に当たるパーツがいつもと違う。



俺は手を付いて起き上がると、身体ごと伸びをしながら触れた唇ごと顔をずらした。

次第に触れるだけじゃ足りなくなって舌で突ついてみた。
小さく開いた唇を無理やりこじあけ舌を差し込み、逃げる舌を追いかけて絡ませ合う。
ピチャリと口付けを交わす音が身体中に響く。


更に深く舌を搦め、吸い付いき、舌で上顎をザラリと撫でた。
くすぐったいのか小さく声が漏れたが、声にならずにすぐに消える。

「ン……ゥン…」

濡れた声が耳に届いて背筋が痺れた。

背中を掴む指。
布越しに伝わる熱。

全てに熱く酔いそうで。

全て飲み込めずに溢れた唾液が、あやめの口端に伝う。
それを指で拭い、見せつける様に舐めた。

潤んだ瞳に俺を映して紅潮している頬。

頭に手を添え、横たえれば、そのまま、総てが俺の腕の中にある。


熱い身体を沈められるのは互いの熱だけ。


肌と肌が触れる温度差はないのに。
どうして混ざり合えないのか。
「本当だ、熱い、な…」

「ぎんさん…」

俺を呼ぶ声に。

頬を撫でる手に重ねるお前の手に。

背中に回る腕に。



俺はいつでもお前の熱にやられて。


蜃気楼の様にそこにありそうでない、掴めそうで掴めないものじゃなく、手を伸ばせばすぐにそこにある。


この熱さが―――。

「気持ちイイ」



熱い陽射しはやがて沈み、夏の空気を冷やしていくだろう。


けれど、俺達の熱さは増すばかりで冷める事がない。

焼け付く様な灼熱の太陽の代わりは、互いの身体。

暑さに溶けて、熱さに溺れて、身も心も焼かれるなら本望。

求めて果てる身体も思考も魂すらも。

いっその事、このまま二人で。



「…溶けちまえ……」







溶けて形を変えたグラス中の氷が、カランと音を立てた。



end.
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