リクエスト集

□花の回廊〜中編〜
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寒色系の観世水の紋様は、目の前にいる想い人の着物の柄に似ていて…なんとはなしに彷彿させる


その紋様をあしらった絞りの風呂敷を解き、一の重から開けていった


『…ふーん 玉子焼きにウインナー、柏の八幡巻き…野菜の煮付け…まあ、定番のおかずだな 次は?』


すかさず、二の重を開ける

『おー トリ唐、海老フライ、肉団子、ポテトサラダ…なんだ、体育会系男子向きだな 俺ァ もちっと渋いのでも良かったな』


「あ、銀さん用は…こっちなの」


三番目のお重をお披露目したら、貴方の目が大きく見開いた


『…へぇ〜 意外とヤルじゃん』


「鰆の竜田揚げ、菜の花のゴマ和え、蛎の燻製、鯵のつみれを揚げて甘タレを絡めたもの…それからこれは…」

『わかった、わかった 凄いよ 殿様になった気分だよ だけどさ、もう食っていい?腹ヘってんだ、俺』

思い描いていたより、貴方の驚いた反応が嬉しくて…ついお喋りになってしまった

「…ごめんなさい 私、ベラベラと…はい、どうぞ」

『いただきます …先ずは筍の炊いたのだな…うん春の味だ』


「お酒も持ってきたの やっぱり、お花見には欠かせないでしょう はい」


枡を貴方に渡して四合瓶の栓を開け、そっと注いだ


『桧の枡か…酒が旨いな』

「お酒の肴には…これなんか、どうかしら」


『どれ…ああ 良いね なんの味噌だ、これ』


「バッケ味噌 フキノトウの味噌よ 師匠のおかみさんに教えてもらったの この綺麗な黄緑色を損なわないように作るのが、ミソなのよ」


『ふっ 味噌だけにな』


次から次へと箸が進むのを見て、益々嬉しくなる

良かった…一所懸命に作った甲斐があるものだわ


お酒の力も手伝ってか…次第に饒舌になる貴方

一口食べては、今度はいろいろと尋ねてくる


『これは?』


「あ、それはね カブの一夜漬けに刻んだ昆布と茗荷を和えたの なかなか好いでしょう?大人の味ね」


『…この大根の煮物…なんだ…スゲー はまりそう』


最近、私が良く好んで食べるものが貴方の嗜好と重なった 同じ思いを共感出来て楽しい


「大根を一度干したのを煮るの 生の大根より味がぎゅうっと染み込んで…とても美味しいの」


『うん、旨めぇ』


貴方が私の手料理をしみじみと味わう姿を見る事が出来て、感動すら覚える


今日は、なんて素敵な日だろう


「それから、最後のお重にはお稲荷さん たくさん作ってきたわ 中に詰めた御飯の味付けも定番のものからいろいろあるの
この裏返しのお揚げの方は、銀さんにお薦めよ」


ひとつ皿に取って渡したら、直ぐに食べてくれた

その口元も美味しいって語ってる


『…うん、なかなかだな』

「でしょう?葉わさびを刻んだものを入れたの 癖になるくらいよね

それに男の人って、いくつになってもお稲荷さんが好きなんじゃないかなと思って

全蔵も好きで、昔は良く作ってあげたのよ」



『…ふーん』


幼馴染みの名前を出したとたん、貴方の箸がピタリと止まった

…気を悪くしたかしら


暫くすると再び黙々と箸を口に運んでいくが、先ほどのような感想は一言もない


「…美味しくないの?」


『不味かったら、食わねぇーよ』


少し、不機嫌そうな声色

また私、余計な事を口走ってしまったみたいね

いつまでたっても学習しないわ 本当、呆れてしまう

自分の愚かさに
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