銀誕2008

□其の二
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「いや〜助かったよ、さっちゃん オジさんさぁ〜 ついつい、こくぶん町で使いすぎちゃってさぁ〜
母ちゃんに頼まれた牛タン、買う金も無くってよぉ あ〜ホント、助かったわ さっちゃん」



陸奥国の、とある温泉宿 朝のロビー


清々しい雰囲気のラウンジ・カフェには、およそ につかわしく無い不透明な男声が響く


「…松平公 機密事項と言うのは?まさか…この封筒の中身は…?」


スッと硝子のテーブルの上に差し出した茶色い封筒を、彼はすかさず手に取った

「はいは〜い、中身はオジさんのヘソクリで〜す 誰が恥ずかしくって出張先の繁華街で飲んで、旅費まで使い果たしたなんて言えるかよ〜 うちの母ちゃん、恐いのよ〜」


…毎度の事ながら、難題を持ちかけて来るけど…今回は、まるっきりの私用じゃなくて?
酷いわ!愛する人との貴重な時間を邪魔するなんて…いくら松平公だって…馬に蹴られて…
ああ、駄目よ、さっちゃん!松平公の命令は絶対よ!なんて事を考えてるの!
…任務は全うしたわ 私は、江戸に戻るだけよ



「それでは、私はこれで…」


既に冷えきったカップの中身を飲み干して、席を立とうとした


「おう、さっちゃん いいじゃあねーか 俺とゆっくり仙台観光して行こうぜ 伊達家が接待してくれるってよ」


「いえ…私など、恐れ多くて身に余ります すぐにも江戸へ戻ります」


松平公の言葉をありがたく受けとめながらも、掛けていた椅子を後ろへと、ずらそうとした


その時、宿の正面玄関である自動ドアが開き、逆光の中から侍のシルエットが浮かんだ


ロビーを進むにつれて、正体がはっきりしてくる、そのシルエット


まだ、二十代の後半に入ったばかりだろうか その若い武士はゆっくりと私達のテーブルに近付いて来た


「おはようございます、松平公 今朝のお目覚めはいかがですか?」


「ああ、おはようさん すこぶる、快調よ 君、お迎えの人?」


「はい 仙台藩家臣 原田家が長男、帯刀にございます」


原田と名乗るその男は、深ぶかとお辞儀をした
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