゚フラチナ・タイム。

□天に昇る(銀さち)
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「カチッ」

時計の音で目が覚めた。



寝室の枕元に置かれた、今ではもう珍しくなってしまったアナログ時計。

そいつの針が時を刻む音で、目が覚めた。



…まだ六時か…ボンヤリとした頭で、二つの針が指している形から時を読む。


体はうつ伏せ状態のまま。未だ一向に馴れない軟らかすぎる枕に顎をのせて、まどろんでいる。



微かに熱がシーツの上を滑る音がした。


隣で寝ているはずの あやめが、そうっと布団から抜け出そうとしている。



 生まれた落ちた姿のままのあやめ――――――



大陸の白い磁器のように滑らかな肌。 絹糸の様な髪がかかる、意外と細く華奢な肩。 そして、流れるようなラインの背。


…その、なまめかしい背中から腰へと目で追っていたら、昨夜の熱が再び体の真ん中から蘇ってきた。



幾度となく絡ませた、その白くすんなりとのびた腕を掴む。




『…どこ行くの?』




見上げる俺の瞳。静かに視線を落とすあやめ。



「おはよう、銀サン」



俺からの突然の行動。しかしそこは流石、忍び。表情ひとつ変えないで、さらりと言ってのけた。


「起こしちゃったわね …今からバイトに行くんだけど、未だ早いから銀サンは眠ってて…」



その涼しげな目が、フッとやわらかな色を湛えて微笑みを映した。




まるで、聖母か観音か――


…いや、空から落ちてきた天女…かな





…何もかも総てを優しく包みこむような…なんだろな…これは…





愛…か…それも無償の愛…




艶やかな長い髪がしゃらりと揺れ、俺の手から抜けようとした天女。



後ろの障子の隙間から朝陽が射し込んで、そのシルエットを浮き上がらせる。



光る輪郭を放つあやめの姿は、とても神々しく美しい――――



一瞬、このまま光の中に包まれて消えてしまうんじゃないか…とさえ思った。




 ―――儚く




シッカリつかまえていないと、空へと帰ってしまう…




『ダメー 行かせねェー』


力ずくで布団の中に引き戻した。


「ちょっ 銀サンッ」


背中から抱いて、右肩に印しを付けようと唇を寄せた。


そして、そのまま腰へと這わせる。


徐々に快感が波を起てていくはず、だ。



「あっ… やだ…」


『やだァ?心にもないこと言うんじゃねェよ』



直ぐには次へと行かない。


じらす訳でもねぇーが、今はまだこのままで。


背中から抱き締めたまま離さない。離したくない。


ずっと、離さねー…




******


「カチッ」


時計の短針は、今度は何時(いつ)を指しているんだろう―――


「…ん …ああっ! もう八時!早く行かないと本当に遅刻だわ じゃあね、銀サン 」


『…………』


目的を達成した俺は、睡魔が襲ってくるのを耐えながら静かに目を開ける。


伸ばした手が、胸の一番色素が集まっている場所をかすった。


「あん…もう、ダメッ」


バシッと時計で頭を叩かれた。


『イッテェーな 時計のネジも緩むけど、その前に俺の頭のネジも外れるぞ』


「つい反射的に…」


『反射的にって… 俺は痴漢かよ』


「…ごめんなさい でも、我儘言わないで」



そう言って俺の額に唇を落とした。



大の男をつかまえて、ガキ扱いですか、コノヤローっ

中坊でもあるめーし、こんなんで誤魔化されねーぞ。



…とは言ったもののなぜだか頬が熱くなっていく。


…やべーな、オイ 俺の方がお熱ですか…ありえねー


でも、こりゃ…マジでやばいわ こんなに深くハマるなんてな…


つい、こないだまでは追われる方だったのに、今じゃ形勢逆転。


俺の方が、あやめの心を追い掛けるようになっちまった。


分かんねーもんだな 人の気持ちなんてよ 

…まったく、テメーの事なのに…なぁ





あやめがいつもの忍装束を着け、長いマフラーをなびかせ部屋を出ていく。


残された俺は、今度はあの薄紫色のアレを隠してやろうと思った。



俺の元から翔び発っていかないようにと―――――。
 

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