心のカケラ

□十ハ桜
1ページ/1ページ


毎年、桜の時季になると思い出す




なんて表現したらいいのか解らない感情を覚えた、あの日


今までになかった感情 …初めて抱いた、こんな…ざわめく想い


一輪の花との出逢い


それは、まだ肌寒い四月の校庭


―――桜舞い散る風の中



******



その存在を知ったのは、ちょうど今日の様に少し肌寒い春の日だったか


新学期がスタートする清々しい空気の中


薄紅いの花びらが、はらはらと音もなく舞い散る校庭


満開の桜の木の下、一人静かに佇んでいた少女


春の風に流れる、美しく長い髪


アンティークの様な白い肌


まるで汚れを許さぬような少し冷たい印象を受ける瞳

吸い込まれそうなくらい、透き通っていて美しい瞳


目に入った瞬間、胸の中がざわめいた


止まることを知らずに、はらはらと舞い散る花びら


まるで、俺の心中を現しているかのようだった


認めたくはないが、多分あの時すでに…


落ちてしまったのか この俺が




―――あれから4度目の花時を迎えた



あの花も俺も少しは変わっていっただろうか


高校での三年間


十代の三年という月日は、あどけない少女の表情(かお)を大人びたものにするには…


充分過ぎるくらいの時間だな




登下校する生徒の波 その中に、何時もお前の姿を探していた


それでも心のどこかで、本当の気持ちに気付いてしまわぬ様に…言い聞かせ過ごしてきた


何も行動に移さないまま、アイツのアプローチに応えぬまま


この想いが、思い出に変わっていくのを…ゆっくりと変わっていくのを待つのも、いい


それも、らしいといえばらしい




顔を合わせる度に、好きだ好きだと言いながら…


真っ正面からは来なかったアイツ


やっぱ、恋に恋する年頃の…気まぐれな一時の感情だったようだな


もし、あの真摯な瞳で告白されていたら…どうだろう


現状は、変わっただろうか…


…ま、そんな事は…有り得ねぇーけどな


今年で、花の顏(かんばせ)も見納めか


まあ、仕方ない…な


寧ろ、かえって踏ん切りがついて 結果オーライか


つべこべ言ってても、明日は いよいよ、卒業式だ





誰もいない、日曜日の職員室の窓から校庭の桜を眺めてはぐだぐたと考えていた

…あれ…? 俺、また視力下がったかな…


あの桜の木の下に、居るはずの無いものが見える…


幻がゆっくりと、こちらに近付いてくるようだ


…とうとう 俺、きちまったかな


「…先生 来てたんですね」


『…猿飛 なんでお前…』

「…今までずっと…冗談だと思われてたかもしれないけど… 私、本当に先生の事が… だから、この想いを手紙に綴ってきました 明日、渡せないと悔いが残るから… 今日のうちに先生の下駄箱に入れようと思って…」


『…ずいぶんと、ベタだな』

「高校生活の思い出として…最初で最後の手紙、受け取ってください」


『…悪りーけど…』


「………」


『俺としては、これからもずっと欲しいとこなんだけど』


オイオイ…俺、なんてこと言っちゃってんのっ なに口ばしっちゃってんのォォォ



「…え?」


…ま、いっか なるように、成れだな


職員室の窓を挟んで、おもいっきり花を抱き締めた


今、この隔たりがあって良かったと思う


じゃなきゃ 多分、規制がきかない


「…あっ あの…っ 先…生…?」


深紅の薔薇よりも真っ赤に染まったあやめの花は、今の現状を理解できねーようだ


もちろん、この俺も


「…先生 好きです ずっと前から大好きです」


『お前よりずっと先に…俺の方から惚れちまった 大のヤローが恥ずかしい事に…一目惚れだ バカヤロー』


「…先生」


『お前が卒業したらと思ってたんだが…明日まで待てねー』



静まりかえった校舎の中、暖かいオレンジ色の夕陽に包まれて


二人だけのセレモニーを始めるか



―――――――――


2009年4月4日『ぶろぐ』にup

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ