リクエスト集

□花の回廊〜後編〜
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ほんのり色づいた、うす紅のエドヒガンという種の花の下――――静かに二人


この種に限らないが、桜というものは、しおらしく…うつ向き加減に花をつける


何度も仰ぎ見ては、花と顔を合わせ深く感銘の息を漏らす貴方


その貴方の横顔を見つめる度に――――心揺らす私





『…確か、聞いた話によると…近所の爺サンがガキの頃に植えたんだと、この辺りの桜並木


…爺サン、今年で米寿だったかな


んで、こいつ達が最近ちょっと元気が無ぇみたいでさ…近々植え換えるんだとよ


普段、考えもしねぇが…やっぱ、桜の樹にも寿命があるんだな 生きてるんだな


…こうやって毎年同じ花を見ていると、そんなこたぁ忘れちまうが


なかにはさ、樹齢なん百年なんて凄げーお化けみたいなんも、あるけどな』



酔いが回ってきたのか、ちょっと機嫌良く饒舌になってきた


なんだか、いつもよりお喋りな銀さんね



『あ〜 しかし、花見はやっぱ朝早くから来ねぇと、駄目だな


雑多な人混みで煩わしくなる前に、静かにジックリと花を堪能できるな』



貴方はそう言い、桜を愛でる視線を遠く霞む山に移した


その目は、何故か――――もっと遠い空(くう)を観ているように感じた



「…桜の花は、いいわね なんだか…羨ましいわ… こんなにも愛されているもの… みんなに…」


…そう…皆に …いいえ、正直に言うわ… 貴方に…



銀さんに愛されているもの………



『…そうか? …まあ、桜に限らずよォ キレーな花ってのは大概、見るものを癒してくれる…


こんなに目立つ桜並木だ、そりゃ大勢の人が足を止めて愛でるだろう だがな』


言いかけて、僅かに残る桝の中身をグイっと空けた


そして、再び遠い空を仰ぎ見る貴方


『…ちょっと昔話しに付き合ってくれるか…


そうさな…俺がまだ万事屋として営っていく、かなり前の話しだ


この世で生きていくには、やりきれなくてどうしようもない時もある


ヤンチャやらかしてた、若い頃の俺だって例に漏れず…その日は大層落ち込んだ


首(こうべ)垂れてトボトボ歩く、そんな帰り道


ふと脇を見ると目の中に飛込んできたんだ


―――それは、限りなく白に近い薄紫色の小さい花


厚いアスファルトを割って、命の限り生きようと――


凛と背筋伸ばしてる花を見つけたんだ


…とても小さくて…地味で華奢な花さ 名前なんて分からねぇ


もしかして、名前なんて無いのかもしれねぇ


そんな雑草みたいな花、誰も気付かねぇ 誰も、そんな花に足を止めねぇ


一所懸命咲いたって、誰も褒めてはくれねぇ―――


だが、その時の俺には世界で一等眩しい花に見えた


諦める事を知らず…ただひたすら青い空を臨むために必死に生きる小さな命


そんな命が咲かせた花だ 綺麗じゃない訳ないだろう

そんな命が咲かせた花だ 心惹かれ無い訳ねぇだろう


こんな小さな命が頑張ってるんだ


五体満足で頑丈な俺だ


なんだってやれる 今まで、逃げてただけだ


俺ァ未だ未だ――――――やれるじゃねぇか


命ある限り、最期まで俺も花を咲かせてやる


明日も頑張ろうと―――』


「…銀さん―――」



『大勢に認められて、愛されて咲く花も好いが…


人知れずひっそりと咲く花があっても…いいんじゃね?


たった一人でも、ソイツの存在を知ってるヤツが居て


その唯一に深く愛される花……そんなのも悪かねぇと俺ァ思うね


…なんてな 悪リィーな 説教くさくなってさ はい、昔話しおしまい』



   ……優しい



なんて貴方は、優しい心を持っているのだろう


…だから、きっと…貴方の周りには人が集まるのね

******



堤防近くが賑やかになってきて、ぽつぽつと屋台が出始めた


ああ、有名なお団子屋さんも来ているわ


私、デザートは用意してこなかったから


きっと銀さん、物足りないわよね 買ってこよう



「銀さ…」


振り向いたら、すっかりお酒が効いたのか…樹の幹にもたれて、うたた寝してる貴方の姿があった


―――気持ちよさそう


銀色のくせ毛が、時々流れる風にそよぐ


ふわふわ ふわふわと…


まるで少年のようにあどけない寝顔


フフ…普段の銀さんを知ってるだけに、こんな顔を見せられたら堪らないわね


誰も、幾多の死線をくぐってきた侍だなんて思わないわ


…可愛い人


このまま、ずっと寝顔を見つめていたいけど…


夢の世界で一息ついている貴方を邪魔しないよう、そっと座を外した
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