++Ark++

□Spica
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あの人の歌声は透き通って僕の心に入り込んだ。嗚呼、なんて綺麗なんだろう。すごく欲しくなった。この歌声を自分のモノにできたなら。そんな事を考えながら数人の人に混じってあの人が歌う路上にまるで石にされた様に固った。1人消えて、1人増えて。彼女の観客はいつまでたっても減らない。最後の1人になるまで僕はずっとその場から動かない。ちらりと右手に嵌めた腕時計を見ればもう終電は出てしまった。ならば急ぐ必要もないとそのまま彼女を見つめる。やはりその声は気持ちがいい。透明感に溢れているのにどこか力強くて、聞いていて飽きる事が無かった。


「気に入ってくれました?」


「え?」


突然聞こえた彼女の声。その声は歌声の時の様に鈴を鳴らした様だった。彼女の瞳が真直ぐ僕に向いた。何故歌を中断されたのか、と頭に過ぎったが周りを見渡せば誰もいない。


「…えぇ、すっかり気に入っちゃいました。」


「嬉しい」


言葉の通り嬉しそうに彼女は微笑んだ。もう暗い空に淋しい街灯だけが彼女を照らしていたがその笑顔は眩しい。


「…でもまだ歌いたいけど明日は学校の講義があるから、」


「あ、僕がいたからですよね」


申し訳け無さそうな表情を見れば帰るに帰れないのは僕のせいだと気付けば慌てて頭を下げた。歌声が聞こえないのは寂しかったけど仕方がない。


「いえ、私本当に嬉しかったです」


ゆっくりと首を振ればまた僕を見つめて本当ですよ?と笑った。




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