++Ark++

□狂った、夏
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消えたいよ。
僕はそっちに行きたいんだ。
消えれない。
僕はここに存在しているから。
嗚呼、消えたいよ。
そちらに行きたいんだ。
僕はもう――


「死にたいんだね」


「……だれ」


「僕は烏哭。烏が哭く、と書いて烏哭」


「…僕は君に名乗る必要なんて無いね」


夏の夜。
蒸し暑くて寝苦しい、けれど現代人にはクーラーというハイテクな環境破壊の道具があるから寝苦しくて起きてる人なんてあまりいない、夏の夜中。
そこに佇む白いワンピースに身を包む僕と、真っ黒で目を凝らさなかったら闇に溶けてしまいそうな漆黒の不審者(うこく、って言ったっけ)
僕は夏夜浮ぶ月に手を伸ばしていたのを見られたのが苛立たしくて素っ気なく答えれば彼は楽しそうな表情でつまらなそうに微笑んだ。


「…もしかして、君は死神?」


「君がそう思うなら死神になるよ」


「…」


からかわれてる気がした。
それでも怒る気は起きない。別にどうでもよくなった。もしかしたら月が見せる幻影かもしれないし。
ひらり、とワンピースの裾を翻して月に背を向けた。死神と向かい合う為に。


「ねぇ死神、」


「なんだい」


「貴方が死神なら僕はもう死ぬんだね」


「…死神は、気紛れだからねぇ」


はぐらかされた。当たり前だ。彼は死神と僕が勝手に呼んでいるだけで死神なんかではない。彼も人間だ。


「でもねぇ」


音も無く死神は近付く。闇が濃くなった気がした。無意識に彼から一歩遠ざかる。意識とは別に身体は危険だと警戒音を鳴らしていた。




嗚呼、
月が、
雲に、
隠れた





「―君を連れて行く事はできるよ」





再び月が辺りを照らした時、そこには既に誰かいた形跡は無かった。




狂った、夏
(闇に呑まれたのは僕)
(そして)
(僕は、君。)







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