?*忍
□a parting love
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「みんな寝ちゃったな…」
跡部の部屋には大勢の寝息やいびきが響いていた。
みんな酔い潰れてしまい、アルコールが苦手で一口も飲まなかった鳳は起きているのだ。
「…なんや、情けないなぁ」
「あ、忍足先輩…」
トイレに行っていた忍足が帰ってきた。
「先輩は強いんですね、お酒」
「それもあるけど、量控えてたからな」
忍足は鳳の隣に腰を下ろす。
控えていたと言っていたが、鳳から見れば結構な量を飲んでいた。顔が仄かに赤く染まっている。
「――……」
鳳は俯いた。
忍足とこんな至近距離で、しかも二人きりで話すなんて久しぶりだ。
緊張する…、心臓の音が聞こえてしまわないか心配だった。
「なぁ、鳳」
「っ…は、はい」
吃る鳳を見て、忍足はくすりと笑った。
「話があるんよ。隣の部屋、行かへん?」
「話……ですか?」
「うん、あかんかな…?」
小さく首を傾げる忍足。その柔らかい仕草は、忍足がよく見せるものだ。
「……いい、ですよ」
断る理由もなければ、断れるわけもない。
二人は跡部の部屋を後にした。
隣の部屋に入ると、忍足が電気をつける。
そこは跡部の部屋と同じ造りになっていて、ほとんど使われていないのか何もない部屋だった。
忍足は窓辺に立ち外を見たまま、鳳は忍足の背中を見つめたまま、沈黙が流れる。
暫くして忍足は振り向き、鳳に目を向けた。
「…せん、ぱい…?」
強い眼差しで見つめられて、声が上手く出せない。
「鳳…」
「…はい」
何を言われるのかまったく予想ができない。
ただただ次の言葉を待つだけだ。
「…単刀直入に言うわ」
「はい…?」
忍足はゆっくりと歩きだし、鳳の前で足を止めた。
少し下の位置から至近距離で見つめられ、漆黒の瞳に思わず見惚れる。惚けた頭は次の瞬間、忍足の唇から発せられた言葉に更に真っ白になった。
「――……え…?」
聞き間違いでなければ、彼は今。
「…好き…なんよ。鳳のことが」
「…ッ…!」
自分は寝ているのではないか、これは夢なのではないかと、本気で思った。
「す…、き…?」
「ああ…、好きなんや……おまえが」
あまりに衝撃的な言葉で、何も言うことができない。
忍足の目を見つめたまま固まっていると、その瞼が伏せられて綺麗な瞳が隠れ、かわりに長い睫毛が現われた。
「…ごめんな、驚いたやろ」
「ぁ……え、と…」
「大阪帰る前に、これだけは伝えとこ思て」
忍足は苦笑を浮かべる。
黙ったままの鳳。
……優しい彼の事だ、俺を振ることなどできないのだろう。
「こんなん言われたかて困るやろ?……忘れて、ええからな」
忍足は苦しそうな笑顔でそれだけ言うと、鳳の横を通って扉へと向う。
「ッま、…待ってください!」
ドアノブに手を掛けたところで鳳に呼び止められた。
振り返ると、鳳は顔を赤くしていた。
「……鳳?」
「先輩っ……ぁ、あの…っ」
ますます赤くなる鳳に忍足は首を傾げる。
鳳は暫く口をもごもごとさせると、やっと絞り出した声で言った。
「す、好きです…っ!」
「は……?」
「俺もっ…忍足先輩が好きなんです…!」
「……っ」
忍足の顔も、一気に赤くなる。
鳳は忍足に近づき、その体をぎこちなく抱き締めた。
「おまっ……ほんま、に…?」
「…はい、本当に……忍足先輩が好きです」
更に強く抱き締められて、忍足は思わず体を強ばらせる。
しかし鳳の胸から聞こえる早い心音が心地よく、忍足は鳳の背に腕を回して抱き返した。
「あの…先輩…」
「ん…?」
心なしか、鼓動がまた少し早くなったような気がする。
「…キス、していいですか…?」
「……う、ん」
顔を上げればすぐ近くに鳳の赤い顔。きっと自分もこんな顔をしているのだろう。
「先輩…好きです…」
「…うん…」
眼鏡を外され鳳の手が顎に添えられると、忍足はそっと目を閉じた。
肌理細やかな肌に落ちる長い睫毛の影、差し出される紅い唇。
とても綺麗なこの人に、キスをする日がくるなんて思いもしなかった。
鳳はそっと、忍足の唇に自分の唇を重ねた。