?*忍

□a parting love
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***



卒業式。
一、二年生も全員参加の式は、始めから涙を誘うような場面があり、在校生である俺も思わず涙が零れた。
……他の理由もあるかもしれないが。




「てな訳で、卒業おめでとぉー!」

岳人の元気な声と、パンッ、と響くクラッカーの音。
式が終わった後、テニス部レギュラー陣と滝、日吉を交えたメンバーは跡部宅を訪れていた。
卒業祝いと、忍足の送別会を兼ねて。



「侑ちゃん行かないでよぉ」

「そうだよ侑士ぃ」

忍足は酒が入ったジローと岳人に絡まれていた。
右腕をジロー、左腕を岳人に抱き締められて、身動きがとれない状態だ。

「…大変ですね、忍足先輩」

隣に座っていた日吉は感情のない声でそう言ったが、その顔は珍しく微笑んでいた。

「ああ、大変や…」

だがこれも、今日で最後かもしれないと思うと寂しい。


「日吉はこれからキノコ部長だな!」

「…向日先輩、怒りますよ?」

「やだ!侑士ぃ…日吉が怒るぅ」

「自分が怒らせてるんやろ?」

そんな普段と変わらない、くだらなく何気ないやりとりも特別に思える。

そんな中でも気になるのはやっぱり鳳で、対面側に座っている鳳をさり気なく見れば、宍戸と話をしていた。笑顔を見せながら。
その笑顔は、自分には見せてくれないもの。理由は分からないが、いつからか見せてくれなくなったもの。



「……っ!」

その笑顔に見惚れじっと見つめていると、鳳と目が合ってしまった。咄嗟に目を逸らし、見ていなかったふりをする。


「ん?どうした長太郎」

「…あ、いえ。」

「ボケッとしてんなよ?日吉、こいつのこと頼むぜ」

「…俺に鳳の面倒を見る義理はありませんが」

「ひ、ひどいよ若…っ」

隣で笑い合う三人の声。
なんだか自分だけ仲間はずれにされたような、勝手な疎外感。
……いや、自分だって一人ではなく、両腕に絡み付いてる二人がいるのだが…


「……あれ?」

さっきからやけに静かだと思っていたら。


「なんだよ、ジローと岳人、寝てんのか?」

「跡部…」

「しょうがねェな、おい樺地、コイツら忍足から引き剥がせ」

「ウス」

樺地に抱え上げられる二人。だが起きる気配は全くなく、寝息を立てながら大きなソファへと運ばれていった。


「おまえも大変だよな」

「宍戸……あ、おおきに」

宍戸は缶ビールのプルタブを開けて忍足に渡した。

「今日で子守も終わりやな」

一口飲んで溜め息を吐く。

「あはは、育児に疲れた主婦かよ」

「似たようなモンや」

声を立てて笑い合う。
宍戸とは、ちょくちょく二人で遊びに行ったり、うちに泊まりに来たり、結構仲良くしていた。


「…オマエが居なくなると、寂しくなるな」

「ほんまかいな」

「本当に決まってんだろ…」

照れ臭そうな悲しそうな苦笑いを浮かべる宍戸に、こっちも寂しい気分になる。
そんな感傷に浸っていると、突然、宍戸は隣に話を振った。

「なぁ長太郎、寂しいよな」

「えっ、……ぁ」

いきなり話を振られた鳳は返答に困る。
何も言えずにいると、宍戸に何か言えよと小突かれた。
忍足に目を向ければ、少し驚いたような顔でこっちを見ていた。

この姿を見れるのも、今日で最後だ。




「――寂しいです、とっても…」

「……鳳?」


自然と言葉が出ていた。


「忍足先輩は……俺の憧れの人ですから」

そして、想い人だから。



「なんだよ、長太郎は俺に憧れてると思ってたのになぁ〜」

「ぅわぁ!宍戸さんっ、やめてください…!」

宍戸にヘッドロックをかけられている鳳を、忍足は呆然と見つめていた。


「……っ…」


――憧れ、ですから。

その言葉が別れの言葉として取り繕われただけのものだとしても、十分にこの心を震わせた。

「…あかんやろ…」

忍足は熱をもった頬を隠すように俯き、長い前髪に指を差し入れた。
自分に向けられた笑顔、真っすぐに見据える瞳。

「……鳳…」


忍足は決心した。

どうせ離れ離れになる、受け入れられなくったって…いい。
この想いを、鳳に伝えようと。
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