?*忍

□作成中
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突然だが、名門私立氷帝学園中等部には隠れアイドルが存在する。
そしてその人物は今、朝の男子テニス部レギュラー部室……ここにいた。



「よお、もう全員そろってるのか」

「あーあとべ、おはよー」

「ジロー…、珍しく早起きだな」

言っておくが、それは帝王跡部様のことではなく(彼の場合は“隠れ”でなく、堂々としたアイドルである)、珍しく朝の部活に出て来た慈郎のことでもない。


「おっす跡部ー」

「…おはようございます、跡部部長」

男らしい挨拶の宍戸でも、どこか湿っぽい日吉でもなくて。
ついでに言ってしまえば、岳人でも滝でも鳳でも樺地でも、榊太郎でもない。
となると、残るは一人…




「おはよう……愛しの侑士」

「ん?…あー跡部、おはようさん」

そう、この低音関西弁を操る男、忍足侑士のことである。
ジャージに着替えるためロッカーと向かい合っていた忍足は、跡部によってクルリと回転させられて、ロッカーに押さえ付けられる形になった。
跡部は左手を忍足の顔の横につき、右手は忍足の顎を捕まえてウットリと、キョトンとした忍足の顔を見つめる。

「侑士…、今日も綺麗だぜ…」

「そうか?俺には跡部のが何倍も綺麗に見えるけどなぁ」

「ふっ…謙遜しやがって、可愛い奴だぜ…」

「いや、ホンマになんやけど」

尚も顎を捕らえられたまま、忍足は困った笑顔を浮かべた。

忍足侑士、帝王・跡部までもが惚れているほどの人物。
その人気は男女問わずで、端麗な容姿に、勉強も運動もできるくせにそれを鼻に掛けない気さくな人柄と、柔らかな雰囲気などが人気の要因であると考えられる。
しかし、やはり跡部ファンの方がまだまだ多いのだが、跡部のファンの場合は彼を遠巻きに見つめるだけがほとんどだ。
その点忍足は、跡部ほどの近寄り難さがないためか寄ってくる“悪い虫”が多い。

兎にも角にも忍足侑士は氷帝学園のアイドル的存在であり、跡部も惚れ込むほどであり、現在、その跡部に唇を奪われようとしていた。

「侑士……」

「え?いや……いやいやちょっと―――!」

ギュッと目を瞑る忍足。
跡部の唇には柔らかい感触が触れる――――……はずだったのだが。
あともう一センチ、というところで、跡部の肩を遠慮がちに、しかし力強く掴む手があった。

「…あーん?」

邪魔をされ、不機嫌マックスの跡部がゆっくりと振り向く。


「何か用か?鳳……」

「あッ…、えっ…と…、…っす、すいません…!」

睨まれた鳳はすぐに手を離し、ペコペコと頭を下げる。
跡部が彼を睨み続けている間に、忍足は跡部とロッカーの間からコッソリ逃げ出して、鳳の背中に隠れるように抱き付いた。

「長太郎…!」

「あっ、忍足さん!」

「ゆ、侑士…!?」

自分の後ろにいたはずの忍足が、鳳の後ろからひょっこり顔を出して、ようやく跡部は逃げられたことに気がついた。

「長太郎、助けてくれてありがとぉ…」

「い、いえっ、そんな…」

鳳の背中に顔をうずめてウットリ呟く忍足と、頭を掻きながら情けなく顔を弛ませる鳳。
二人が醸し出す、なんとも甘ったるい空気を目の前でモロに食らった跡部は、苦々しげに舌打ちをしてヨロヨロと自分のロッカーに戻って行った。

…実は、アイドル忍足には恋人がいる。
それが鳳長太郎彼であり、つまりあの跡部様が忍足に付く“悪い虫”の一人でしかないのであった。
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