?*忍
□紫煙、逢瀬
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「――フゥ……」
学校と言う場所には相応しくない、鼻につく煙の匂い。
窓枠に腕を預け、青空に向かってフゥ…と煙を吐き出す行為を繰り返す。
白い煙は雲のように空に浮かび、空気に溶けて見えなくなった。
「部活動停止、…それと、停学処分だな」
「…べつに、俺は困らんし?」
もうすぐ卒業やしな、そう無責任な言葉を吐いて忍足は振り返る。
窓枠に肘をかけ、煙草を咥えたままの口許を歪めて笑い、たった今この音楽室に入ってきた榊を目の前のピアノ越しに見据えた。
「終わるん早かったな、職員会議」
「…………」
榊は無言のまま歩を進めた。
ピアノを避けて、青空を背にした忍足の前に立つ。
「煙草はやめろと言っただろう」
「あ」
榊の手が忍足の口から素早く煙草を奪い取り、持参していた携帯用灰皿をスーツのポケットから出すと、その中に捨てる。
「早死にするぞ」
灰皿をしまい、拗ねたように唇を尖らす忍足に視線を戻す。
「先生にそんなこと言われたないわ」
「…何?」
榊は忍足の言葉の意味を探るように目を細め、忍足の口許は、また意地悪く歪んだ。
「…俺が煙草吸い始めたんは、先生のせいやで?」
榊の自宅に遊びに行くといつも、仕事をしながら吸う榊の姿を見ていた忍足は、外見は大人びていても中身はやはり思春期の男子中学生である。
“大人、格好良い”というイメージを煙草に見出だし、興味本位で榊の煙草を拝借したのだった。
…もちろん榊の目を盗んで。
「それが俺の初煙草」
「………」
榊は微かに目を見開き、次には呆れたように溜め息を吐いた。
…知らなかった。
いつの間にか煙草を覚えていた忍足が、まさか自分のせいで吸うようになったとは。
「あれ、ショックやった?」
「ああ…、かなり、な」
榊の様子に忍足は小さく声を立てて笑った。
「…でも、ホンマに」
「……忍足」
するりと忍足の腕が榊の首に絡み、笑った顔がぐっと近付く。
「先生に教わったんは、音楽とテニス以外、悪いことばっかりや」
言葉が終わると同時に、忍足は唇を榊のそれに押しつけた。
「…最悪な教師やで」
「……ああ」
二人の口許に、苦笑が浮かぶ。