?*忍

□a parting love
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部活が終わり、騒がしくなる部室。


「ねー侑士、マック寄ってから帰ろうぜ」

「岳人のおごりならええで」

「え〜…」


たわいない話しが飛びかう中、あの人の声だけがやけに耳につき、知らずに視線がそちらを向く。


「それは冗談として、行くなら早よ着がえや」


ユニフォームの下から現われる白く滑らかな肌。綺麗に浮き出た肩甲骨。
思わず目を奪われてしまうのは、いつものこと。



「……あ、せや。鳳も行くか?」

「…っえ、…あ…」

振り返った彼に話し掛けられ、突然のことに俺は何も言えない。
目を合わせていられなくて少しだけ下げた視線の先には、羽織っただけのワイシャツから覗く肌。

「っ…」

顔が熱くなる。


「鳳?どないしたん?」

「ぁ……あのっ、…ごめんなさい……今日は早く帰らないといけないので…」

「…そか、残念やな」

ぽん、と頭を撫でられて、ちらりと顔を覗き見れば、一瞬だけだが寂しそうな表情が見えた。
だかすぐに彼はロッカーの方へ向き直り、着替えを再開する。


「……はぁ」

鳳も中途半端に留めかけだった釦に再び手をかけながら、誰にも気づかれないように小さく溜め息を吐いた。


…本当は、忍足が居るのなら一緒に行きたかった。

最後にネクタイを締めて鞄を担ぐ。


「また明日な、樺地」

「ウス」

隣で着替えていた樺地や、先輩たちに挨拶しながら出口へと向う。


「向日先輩…忍足先輩、お疲れ様でした」

「おぅチョタ、じゃあな〜!」

「お疲れさん」

いつものように、最後に忍足(と向日)に挨拶をして部室を出た。微笑む忍足を眼に焼き付けるために。



「……はぁ」


あの人に、甘い想いを抱いていた。
確かに甘いけれど、伝えることなどできない、苦い恋心を。
何せ相手は先輩であり、その前に男なのだ。

鳳は上を向いた。
少し冷たい風に、いまだ火照った顔を冷やすように。





――最初は、憧れだった。
あの無駄のないテニスは自分には真似できないもので。スマートで綺麗なプレイスタイルは彼にとても似合っていると思った。

ボールを追う彼の姿を、俺は無意識に目で追い、焼き付ける。
いつのまにかプレイではなく、彼自身を見ている自分に気がついた。

艶やかな黒髪と吸い込まれるような黒瞳。それを際立たせるような白い肌…

彼のすべてが綺麗だと、そう思う。


「……忍足先輩」

俺はあなたが、好きなんです。
けど、伝える勇気のない臆病な俺は、あなたを見ているだけで、それだけでいい。
それ以上を望むなんて、図々しいことだ。
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