『ウミカゼ』





「寒い」


「暑いの間違いだろ」


「いーや、むしろ冷たい」

「夏の暑さに頭がやられでもしたのか、ヒノエ」


「うるさい駄眼鏡」



ここはサンライズ源平という、もはや読者脳内に思い浮かんだ海の家の風貌そのものといっても過言でないほど確実に素晴らしい店構えな海の家だった。

真夏の海には欠かせないマリンスポーツ(といっても浮き輪やバナナボート的なな類いの遊具道具貸出し)及び、海の危険からお客様を見守るライフセーバーと、真夏ながらの食べたくなるなる鉄板料理(大雑把ではあるが)をメインとした極一般的な海の家(但し台風や豪雨にはひとたまりもない造りでもある)。
ただ、極一般的とかけ離れた夏ならではの物があったりもする(だが、その説明は後日させていただこう)


それより只今の問題は、今の状況だろうと有川譲は鉄板料理の基本中の基本、オーソドックスである焼きそばを作っている最中で思っていた。




「とりあえずソース足してくれよ、両手が塞がっているんだから」


「あー…」


「あ、ちょ、待てまてまて!それ豆板醤だから、ソースは右に20センチ横だから」


最早鉄板ではない方向に眼が釘付けなヒノエの視線には、味付けを心待ちにしている炒められた麺と野菜達がジュージュー焼かれながら待っているなんて知りもしない。譲は、上の空すぎるヒノエの様子に呆れ顔を隠そうともせず溜め息をついた。


「あっち行ってろよ邪魔だから」


「…つめてーなー…」


「…(会話になってない)」


それほどまでに思考を奪われる光景なのだろうか。
譲は、片手を空け焼きそばソースを取るついでにヒノエの視線の先を追ってみる。


「…(あー…むしろ暑苦しいじゃないか?)」



店内いちばん奥にある畳を敷いただけの簡易座席を、我が物として使用を決め込んだらしい弁慶と。その弁慶の片腕に抱きしめられている敦盛が居た。
顔を寄せあって、分厚い本を読んでいる。
顔をよせあって……というか、弁慶の腕に敦盛が囚われているようにしか見えないが。


どこが寒くて、冷たいのか皆目検討が付かない。

むしろ夏場で、浜辺で、巨大扇風機の風があたろうがほぼ寒色な言葉には無関係な時間帯なのだ。
譲はこれ以上余計な事を考えないようにしようと、視線を眼下の鉄板へと戻した。
こんがりと良い具合に調理され、臭覚を良い感じに擽り食欲をさそう匂いが広がり始めてきたから、そろそろお客様が来るだろう(女性のお客が来たら青海苔は少なめだ)


「(出来れば先輩に一番に食べてもらいたかったけど…しかたないか、仕事だし)」


僅かに憂う瞳を眼鏡の奥に沈ませた譲は、海の家の業務に専念しはじめた。











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