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敦盛は内心狼狽えて狼狽えて仕方がなかった。
傍目には両手で本を握り静かに読書をしている風にしか見られないように、精一杯の思考で保っていたりしている。
「敦盛君は冷たくて夏には丁度良いですねぇ…」
しみじみとそう言われ、腕を回されてしまってから…どれくらいの時間が経過したのだろう。敦盛は壁掛け時計を探すべく視線を巡らせた(一瞬、間抜けな顔の赤の視線が瞳とかち合うも、敦盛は気にとめる事すら出来ないでいた)
「なんだ、お前達。まだその状態のままなのか」
ふと頭上から聞こえてきた声に、敦盛は、ほっと肩を下ろした。
橙色の長い髪が僅かに海水で湿っているらしい九郎の登場で、読書中だった弁慶は視線を本から外し、あろうことか敦盛の首元に腕を回して更に抱きしめた。
「名残惜しいのは分かるが、先生が待っている。交代の時間だからな、諦めろ弁慶」
「…仕事なら、仕方ないな…残念ですけど敦盛君を手放しますよ」
「ほら、敦盛。弁慶が諦めている時に離れていないと、また捕まるぞ」
笑顔の九郎に、無造作に頭を撫でられた敦盛は、少し目を細めた。
少し、潮の香りがしたからだ。
「ライフセーバーって言っても、君は海を見張っているだけじゃないですか」
「それが仕事だからな。将臣は子供に混じって砂で城を作っていたぞ、まったく将臣が不真面目な分、俺が海の危険をみていないとな」
「仕事熱心ですねぇ」
しみじみと微笑んで言う弁慶を、段々と困り眉の角度を上げた敦盛は、渾身の思いで二人の会話に割り込んだ。
「…あの、その」
お二人会話の中だけでは、自分を手放すという方向がさらりと存在していたというのに……現状はまるで変わっていなくて、むしろ…
「なんだ。まだ抜けてなかったのか」
「そう言いながら九郎こそ敦盛君の腕を抱いているじゃないですか」
「ああ、何だか名残惜しくてな」
敦盛は今、首に弁慶、片腕に九郎が居たりしていた。くっついている具合が近く感じ妙にこそばゆく思う。しかし、甘んじてはいけない。
九郎がここに戻って来たという事は。次のライフセーバーの交代選手は自分だという事だ。
それに…海の家内に視線を巡らすと、覇気を無くした赤いのが、まるで幽霊のごとく憔悴した表情で来客した女性を接客をしている。
どうしてヒノエがあんな状態なのか。
おそらく彼の叔父の、自分に対する現状だろうけれど(だが、どうしてヒノエはあんなにも私を気にかけるのだろう)
とにかく、自分は早く海の見張りに行かなければならないし、憔悴したヒノエがまともに業務を果たしていないのでは…オーナーに迷惑がかってしまう。
「……ヒノエが機能していないようなのですが」
「ええ、敦盛君包囲は8割ヒノエいじめで成り立ていますから」
「しかし…あまりに長いと、ウェイターとして仕事にならないようで…」
「仕方ありませんね、海の家の利益の為です、あんな甥の唯一の特技をいかしてあげるのが年上の役目でしょうかね」
ようやく弁慶のヒノエへのちょっとしたイタズラが終わり、やっと敦盛は解放された。
「行ってらっしゃい。海を頼みますね」
「はい」
敦盛は慌てて飛び出すとリズ先生が入り口に立ち、海を見ていてくれていた。
すると丁度、穏やかな波と浜辺の砂と戯れる音が耳に届き、敦盛は少し笑ってしまう。
海の風が、夏を舞っていた。
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