*TSUBASA‐K×F‐*

□めぐりあい
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「ファイ」

この場に留まることを許された俺は、教えられた名前を早速呼ぶ。

「腹、減ってないのか?」

先ほどの寿司屋でも同じことを聞いた。
しかしその時とは天と地ほどの差があると自嘲する。

想い焦がれた相手に逢え舞い上がっていたとはいえ、名も知らなかった相手に俺はあまりにも非礼だった。
身体目当てだと思われるのも無理はない。

ファイも、今度は答えてくれた。

「…ほんとは、ペコペコ。最近あんまり食べてなくて…」

でも、と、ファイは困り顔で続けた。

「ごめんねー、オレ、お寿司苦手で…どうしても食べられないんだ」

「なんだ、そうなのか」

それなら言ってくれればと思い、すぐに打ち消す。
希望も聞かずに店に入った俺が悪い。

「それなら、ルームサービスでも頼むか。それとも食いに出るか?」

え、とファイは困った顔になる。

「…えっと…オレ、あんまりお金持ってなくて…」

「そんなこと気にするな。俺が連れて来たんだから」

「…でも…オレ、できないし」

「できない?何が?」

「さっきも言ったけど…オレ、不感症だから…。…あ、勃たなくてもいいなら身体は…っ!」

それ以上聞きたくなくて、堪らなくて、俺は思わずファイの華奢な身体を抱き締めていた。

びくり、と盛大にファイの身体が震え、嫌だったかと慌てて離れる。

「…悪い。でも、そんなこと言うな。俺はおまえの身体だけが欲しい訳じゃない」

そう言って、ファイのびっくりした顔を見てから、自分の失言に気付いた。

身体だけが欲しい訳じゃない。

つまりは、ファイの心も身体も欲しいと言ってしまったようなものだ。

くそ、なにいきなり告白してんだ俺は。

思わず舌打ちをするとファイが怯えたように首を竦める。
怖がらせたくなんかないのに。

そっと、柔らかな髪を撫でてみる。
するとファイは甘えた猫のようにリラックスした表情を見せた。

可愛い。

憂いのある表情も綺麗だが、それの比ではないほど魅力的だ。

「…突然でおまえが警戒するのも無理はないが…俺は、おまえと付き合いたいと思ってる。もちろんすぐにとは言わない。無理強いする気もない」

勢いで今度はしっかり告白してしまった。

ファイはくすりと笑った。

「…ねー」

「なんだ?」

「何て呼んだらいい?」

「…おまえの好きにしろ」

「えー」

ファイはしばらく考え込んでから、満面の笑みで俺を見た。

「黒さま、オレ、グラタンが食べたいな」







他人に自分の希望を伝えたのなんて、何年ぶりだろう。
例えそれが、何を食べたいか程度の話でも。

グラタンが食べたいと言うと、黒さまは凄く嬉しそうに笑って、オレの髪をくしゃりと撫でてくれた。

「待ってろ」

それから携帯電話を取り出して、誰かに電話をかけた。

そしてこの落ち着いた雰囲気のレストランに連れて来られた。

出てきたグラタンはとても美味しくて、コーヒーを飲みながらオレを見つめる黒さまの眼差しは優しくて、逆に不安になるほどだった。

黒さまのことを好きになるのが、甘やかされて依存してしまうのが、やがては厭きられて独りに戻るのが、叫びたいほど怖かった。

「…どうした?」

心配そうに問われ、オレは慌てて笑みを張り付ける。

「なんでもないよー。これ、凄く美味しい」

「そうか」

オレの食事が済むと黒さまがスマートに支払いをして、オレは再び車に乗せられた。

「俺は片付けなきゃならない仕事があるんで家に帰るが…おまえはどうする?」

「どう、って…」

「ホテルに戻るか?それとも、家に来るか」

「………………」

黒さまの、家。

黒さまからは少しの下心も感じないけど、オレは怖かった。
黒さまが、じゃない。
このまま際限なく黒さまに甘えてしまいそうな自分が、だ。

オレが黙っていると、黒さまは小さく笑って車を発進させた。

「ホテルに送る」

「…………」

ちょっとがっかりした自分に、オレは驚いた。







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