*TSUBASA‐K×F‐*
□めぐりあい
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「…腹、減ってないのか」
問い掛けられてはっとする。
繁華街でチンピラに絡まれていたら、見知らぬ人が追い払ってくれた。
しかし今度はその男に連れられ、車に乗せられた。
いきなりホテルにでも連れ込まれるのかと思ったら、車が停まったのは高級そうな寿司屋だった。
最近ろくな食事をしていないからひどく空腹だったが…。
「…なんとか言えよ」
「…………」
何と言えばいいかわからず口ごもっていると、隣の男は盛大にため息をついた。
「…ごめんねー」
思わず呟くとがしゃんと派手な音がした。
見ると、湯飲みが倒れ派手に砕け散っている。
「なんで謝るんだ」
その剣幕に驚いて、余計に何を言えばいいかわからなくなった。
「…もういい。」
その人はおもむろに立ち上がると、勘定を済ませて再び俺の腕を引いた。
そしてまた車に乗せられ、連れて行かれたのは今度こそホテルだった。
俺はひどく苛立っていた。
車の中でも寿司屋でも、先ほどチェックインしたこのホテルでも、こいつはろくに口を聞かない。
自慢じゃないが、今まで大抵の女は思い通りになった。
それなのに、ずっと想い焦がれていたこいつには…
そこで俺ははたと気付いた。
俺にとっては想い焦がれた相手でも、こいつにとって俺はまったく見知らぬ男で、ただ自分を連れ回す悪人ではないかと。
そういえば、舞い上がり過ぎて自己紹介もしなかった…。
正直血の気が引いた。
苛立ちも一気に静まる。
「…俺は黒鋼だ」
そいつは俺の突然の豹変に驚いたようだ。
目を丸くしてこちらを凝視する。
「いきなり連れ回して悪かった。…先月道端でおまえを見掛けて、ずっと気になってたんだ」
するとそいつはふっと表情を翳らせた。
俺が戸惑っていると、そいつは突然俺の手を取り、ベッドに導いた。
そして、まるで見せ付けるかのように服を脱ぎ始める。
それから俺の足元に跪くとへらっと笑った。
「…ごめんねー、オレ、勃たないんだ。だから口でするしかできないけど…」
そしておもむろに俺のものを頬張ろうとする。
俺の中で何かが弾けた。
憤りにも、悔しさにも似た激情。
何故だ。
何故こいつは…こんなにも、哀しそうなんだ。
護りたかった。
あらゆる苦難から。
この美しい青年を。
俺は彼を抱き上げて、膝の上に座らせた。
理性を総動員して露になった美しい肢体から視線を剥がし、手繰り寄せたタオルケットをかけてやる。
「…オレ、割と上手だよー?」
へらへら笑いながら見当違いなことを言う彼に心が痛む。
「…いいんだ。それよりおまえの名前が知りたい」
「えー……」
少し困ったように小首を傾げるそいつを見て、俺は内心苦笑する。
まずは強引な変質者から脱却しなければ。
「…連れ回して悪かった。もう帰るか?」
「…あー、オレ、いま家ないんだー」
「…は?普段はホテルかどこかに泊まってるのか?」
「まさか。だいたいは樹の下かなー」
「そうか…。なら今日はここに泊まれ。疲れてるだろ」
「え…?」
「俺は帰る。ゆっくり休め」
そして…内心未練たらたらだが、見上げる彼の髪の毛をそっと撫でるに留め、俺は立ち上がった。
しかし、そこで予想外のことが起きた。
立ち去ろうとした俺のスーツの裾を、そいつの細い指が掴んだのだ。
…頭を撫でられるのは好きだ。
ホッとする。
だがもちろん誰でもいいという訳ではない。
客引き坂に座り込むオレに馴れ馴れしく近寄る人々には、触れられるのも嫌だった。
それなのに。
今日会ったばかりのこの男にちょっと髪を撫でられただけで、立ち去ろうとする背中に堪えられなくなった。
突然連れ回され、最初は訳がわからなかったが、向こうはオレを知っていたらしい。
客引き坂で見たのだろうから、そういう意味かと思ったが、そういうこと目当てでもないようだ。
強引でよくわからないが、何故だか憎めない。
そう思っていたのに、突然帰ると背を向けられ…思わず高級そうなスーツの裾を掴んでしまった。
「…いてもいいのか?」
はっとして手を離し俯いたオレに、とても優しい言葉がかかる。
独りにしないで。
出そうになった言葉に自分でも戸惑う。
今日会ったばかりの、名前しか知らない男に、どうしてこんなにも心惹かれるんだろう。
「…ファイ」
代わりにそう呟くと、黒鋼は不思議そうにオレを見た。
「ファイ、だよ。オレの名前」
そう言ってから見上げると、黒鋼はにっと嬉しそうに笑った。
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