*TSUBASA‐K×F‐*
□めぐりあい
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しとしとと、また霧雨が降りだした。
雨風を凌ぐには心許ない街路樹の下で、オレはため息をつく。
ーーー眠りたい。
たとえ束の間のものでも、いっそ永遠に続くものでも構わない、心穏やかな休息が欲しい…。
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―1ヶ月前―
「どうかしましたか?」
運転席から秘書の知世に問われ、俺ははっと我に帰った。
「いや…こんなところに随分人がいるんだな」
「ああ…」
車窓の眺めに目をやり、知世が表情を曇らせる。
「客引きですわ。あんなに幼い子まで…」
「…そうだな」
確かに、身体を売るには幼すぎる子どもまで、足早に通りすぎる通行人の目を引こうと必死になっている。
先ほどから細かい霧のような雨が降りだしたから、今夜の宿が手に入るかどうかは死活問題なのだろう。
だが、俺の目を引いたのはそれではなかった。
目立つ場所に競い合うように並ぶ彼や彼女らと違い、大きな樹の下に1人ぽつんと座っている金髪の青年。
俯いているその青年が顔を上げそうになったとき、信号が変わり知世の運転するベンツはスムーズに発進した。
××××××××××××××××××××××××××××××××
「やめて下さい」
夜の繁華街。賑やかな喧騒の中、その静かな声だけははっきりと俺の耳に届いた。
思わず辺りを見回すと、飲食店の裏の細い路地で金色の髪の華奢な青年が2人のチンピラに絡まれていた。
「んなつれねぇこと言うなよな、にーちゃんよー」
「知ってんだぜ。にーちゃんが男娼だってことはよ」
「そーだ、いつも客引き坂で犯してくれる男を待ってんだろぉ」
客引き坂。
1ヶ月前の霧雨の日、帰宅してからネットで検索するとあの場所がそう呼ばれていることがわかった。
もしかして。
逃げ道を塞ぐためだろうが2人のチンピラは青年を隠すように立っている。
そのため通りからは青年の顔は見えない。
俺は迷わずチンピラと青年の間に割り込んだ。
「おいおい、なんだよてめぇは!」
チンピラの1人が向かってくる素振りを見せたが、もう1人は俺を見知っていたようだ。
「おいバカ、やめとけ。行くぞ」
「え、何でだよ、兄貴!」
1人は明らかに不満そうにしながらも、渋々立ち去った。
そこで俺は改めて青年を見た。
流れるような金髪、蒼い瞳、少し陰りのある表情、細い身体…そこらの女よりもずっと美人だ。
そして、根拠はないが俺は確信した。
いま目の前にいる青年は、あの日の彼に間違いない、と。
「助けてくれた、のかな」
ありがとー、と笑みを浮かべたそいつを見て、俺は何故だか寒気を感じた。
違う。
こいつは本当は笑いたくなんかないんだ。
何故か、そんな違和感が胸の奥にこびりついた。
「じゃあオレはこれでーー」
俺の横をすり抜けて行こうとするそいつの腕を、俺は思わずぐっと掴んでいた。
瞬間、そいつはまるで何かに怯えるようにびくりと身体を震わせた。
ほんの少し反省して、それでも手は離さずに、俺は青年の目を見つめる。
「まだいいじゃねぇか。ちょっと付き合えよ」
そう言うと彼は俯いてしまった。
何も言わない代わりに立ち去ろうともしないので、勝手に肯定の意味と判断して、彼の細い腕を掴んだまま歩き出した。
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