*TSUBASA‐K×F‐*

□ほうかい
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小走りで黒鋼に追い付くと、数メートル後ろを歩く。
声をかける勇気はなかった。

城を出ると、庭園に無数の兵士が倒れていた。

(黒さま1人で、戦ったのか・・・)

ふと前を歩く黒鋼を見て、何か違和感を覚えた。

(マントの色・・・?)

黒鋼がつけている黒いマントには、あんなに妖しい光沢があっただろうか。

そしてやっと気付いた。

黒いマントがたっぷりと血を吸って変色してしまっていることに。
マントの裾からは、ぽたぽたと血が滴っていることに。

・・・黒鋼が、歩くのもやっとなほどの、傷を負っていることに。

(オレの、せいだ・・・)

オマエノセイデ、ミンナ、フコウニナル・・・!

ファイは崩れ落ちるように地面にしゃがみこんだ。

オレが黒鋼に救いを求めた。
そのせいで、彼は・・・

乾いた笑いが漏れる。

・・・もう、ムリだ。
ごめんなさい、ファイ・・・
もう、赦して・・・・・

ファイの手が、落ちていた剣を掴む。
そのままそれを、自分の胸に持っていった。

・・・黒鋼が振り返った。

自分を見る黒鋼の形相が、ファイの脳裏に焼き付いた。

痛みは感じなかった。
ただ目の前が真っ暗になって、ファイの身体は崩れ落ちた。










気が付くと、布団をかけられて横になっていた。

少し身体を動そうとしただけで腹部に激痛がはしり、まだ生きているという事実を突き付けられる。

でも何故、腹部が痛むのだろう。
胸を切り裂いたはずなのに。

ぼんやりとそう考えてハッとした。
弾かれたように上体を起こし、服を捲って傷を見る。

胸にも包帯が巻かれているが、それよりも、下腹部に酷いアザができていた。
痛むのは胸の傷ではなくこっちだ。

・・・これは、峰打ちの痕だ。

最後に見た黒鋼の形相を思い出す。
胸に突き立てた剣が致命傷を与えるより早く、黒鋼の剣に打たれて意識を失ったのだろう。

・・・オレは、まだ生きていなきゃいけないのか。

まだ赦されないのか。

いつまで、大切な人を不幸にし続けるのだろう。

気が狂いそうだった。
いっそ狂ってしまえば、何もわからなくなれば楽なのに。

だが、楽になることなど、オレには赦されない。




「ファイさん?!よかった、気が付いたんですね!」

ぼんやりしていると、小狼が部屋に入ってきた。

ファイは笑みを張り付けて小狼を見上げる。

「心配かけてごめんねー。さくらちゃんは、大丈夫だった?」

「姫は無事です。今はモコナと一緒に眠っています。」

「そう、よかった」

「包帯、変えますね」

小狼が傷の手当てをしている間、ファイは黙っていた。
一番知りたいことは、どうしても聞けなかった。

・・・黒鋼は、無事なのだろうか。






ファイの意識が戻って何日か過ぎた。

小狼が羽を探して出かけている間は、さくらとモコナがまだ起き上がれないファイの隣についていた。

何か話し掛けてくる訳でもなく、ただ隣で編み物をしたり本を読んだりしているさくらと、時々ファイの布団に潜り込んでうたた寝をするモコナ。

夕方には小狼も帰ってきたけれど、黒鋼の姿は一度も見ていない。

虚ろな瞳で以前のように笑うファイを、さくらたちは痛々しい思いで見ていた。







「黒鋼さん、おはようございます。」

「よぉ、小僧。・・・あいつの様子はどうだ」

「身体は、大分よくなったみたいです。」

「身体は、か」

黒鋼はふっと笑った。
そして、病院の白いベッドからゆっくりと起き上がる。

「もう起きていいんですか?!」

小狼が慌てて黒鋼を支えた。

「こんなもん、あいつの精神よりは軽症だ」

ベッドサイドには車椅子と松葉杖が用意されていたが、黒鋼は目もくれずに1人で立ち上がった。

「帰るぞ」

「無理はしないで下さいね」

小狼は慌てて大股に病室を出る黒鋼を追いかけた。




「ファイさん、起きてますか?」

控えめなノックのあと、小狼くんが部屋に入って来た。

笑顔を張り付けてそっちを見たファイは、小狼の後ろにいる人物を見て凍り付いた。

「よぉ、元気か」

「・・・くろ、さま・・・」

ファイの瞳から涙が溢れるのを見て、何かあったら呼んで下さいと言い残すと小狼は部屋を出て行った。

黒鋼はファイの隣に座った。

「傷はまだ痛むか」

ファイは答えない。

「・・・どうした?」

ファイの身体がカタカタ震えていることに気付き、黒鋼はファイの顔を覗き込む。

「・・・・・・ぃ・・・めん・・・な・・ぃ・・・ごめ・・・な・・・い・・・・」

虚ろな瞳でごめんなさいと繰り返すファイを、黒鋼はぎゅっと抱き締めた。
元々細いくせに、折れてしまいそうなほど痩せてしまった身体に胸が痛む。

「何故、おまえが謝る?」

黒鋼はまっすぐにファイの瞳を見た。

「助けに行ったのは俺の意思だ。怪我したのは俺の力不足だ。どっちもてめえには関係のないことだ」

「・・・オレの、せいだよ。オレがみんなを不幸にするんだ」

黒鋼は、しばらく黙ってファイを見つめた。

「・・・そうだな」

そして、ファイの頬をぱしっと叩いた。
蚊も殺せないぐらいの勢いだったが。

「・・・おまえのせいで、あやうく未亡人にされるところだ」

「みぼ・・・・」

ファイは目をまんまるにして、思わずくすりと笑ってしまった。

「・・・未亡人って、何か違わない?」

しかし黒鋼は真顔でファイを見下ろしている。

「・・・ごめんな。辛いんだろ。もう生きていたくないほど、死んだ方が楽なほど、辛いんだろ?」

黒鋼が、泣き出しそうな顔をしている。

意識を失う前に見たのと、同じ表情。

「死なせてやった方がよかったのかもしれねぇ。でもな・・・俺は、おまえを亡くすなんて、耐えられない・・・」

そう言って、黒鋼がファイの腹部にそっと触れた。

「ごめんな・・・。頼むから、一緒に生きていてくれないか・・・?」

ファイは呆然と黒鋼を見上げた。

「オレは、君を不幸にするよ・・・?」

「おまえがいなくなる以上の不幸なんて、ねぇよ」

黒鋼がファイの身体をぎゅっと抱き締める。

「何してもいい、何が起きたっていい、おまえがいればそれでいい。・・・おまえのことが、好きなんだ」

ファイは耐えられず、子どものように声をあげて泣いた。

黒鋼はそんなファイを、ずっと抱き締めていた。







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