大人になった子供達

□DV
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骸が浮気をした。





「ブァッ──ァッアッ」



綺麗な顔から似つかわしくない無様な音。
彼は必死に湯から這い出ようとしていた。



「チガッ、ゴカイッゴカイです、ヒッ」
「うるさいよ骸。」



話そうとする彼の長い髪をわし掴んで再び浴槽の底へと押し込む。
指を逃れた長い藍色の襟足が波にたゆたう姿は童話の人魚を連想した。





彼は約束を破った。
この家に人を招く事を禁じていたのに、千種とか言う眼鏡を引き込んだ。



現場を目撃したのではない。彼は愚かにも、帰宅した僕に平然と言ってみせた。







『お帰りなさい今日はお早いですね。夕飯にしましょうさっきまで千種とお茶していたんです。』




笑顔で鍋を温めだした君の頬を容赦なく平手打つ。
衝撃で壁に肩を打ち付け怯えた目を向けていたけどそれは怒りを納める理由にはならなかった。





「この淫売、僕の居ない間に男を引き込んだわけだ。」


「違います…ただ話を…ッあッ」





まだ片目を摘出したばかりで視界をうまく調整できない骸の髪を捕まえて、乱暴に浴室のドアを開くと僕の為に用意されていた風呂の中に手加減無く押し込んだ。


困惑と恐怖の両目がただただ何も言えずに震える。

抵抗すれば更に恐ろしい現状に繋がるのを分かってるから抵抗できなかった。


投げ込まれた風呂は適温で、おろしたてのシャツが張り付いて気持ち悪かった。

掴まれた髪は痛かったけど、次の暴力はもっと痛い。


「言ったよね。この家に誰も入れちゃいけないって。」



言いつけを破られて機嫌が悪い。
言いつけはもう一つ有った。






『この家から出てはいけない。』








浮気のつもりなど欠片もなかったけれど、仕事ばかりで殆ど家にいない雲雀に耐えきれず昔を良く知る友人を呼んだ。







「僕…本当に疑われるようなことは…っ」




一人この広い家に縛り付けられた理不尽さに涙を滲ませながら話すけど、それすら抵抗と見なされて頭を湯船に沈められた。
幸い湯は適温。熱くはないけれどいつまでも押し込まれて息が苦しい。ついには沢山湯を飲んでしまう。

苦しさに咳ながらようやく頭を引き上げてもらえたけど、涙でぼやける視界にはまだ起こった様子の雲雀君が居て…




「──酷い…っ僕は…君に全て捧げました、この目だって、君に言われて取りました…っ」






なのにどうしてあの時の約束は守られない。
あの時、目を摘出することと引き替えに




『ずっと側で僕を守ってください』





それに一言で了承した愛しい恋人。




優しい恋人は約束したものの、相変わず家に寄りつかず仕事の日々で…




「ワォ…だから浮気したって言うのかい?」


「違うッ!!僕はただ家に呼んだだけですっ何もも後ろめたく無い!」
独占するばかりで側に居てくれない恋人。



理不尽さに骸が泣いていた。



それをしかと見据えたまま、ひんやりと冷たそうな唇が名前を呼んだ。





「骸」





低い思い地を這うような声。
それは命令の時の物だった




背中をピリリと何かが走る。
艶のいい唇から何かの声が漏れた。

性的な興奮をした時のように身震いした彼の姿が滑稽だった。

一度髪を離して僕は首を少し傾けた動作でネクタイを解いてゆく。



怯えた両目は相変わらずで僕の一挙一動に釘付けだ。



外したネクタイ片手に湯船の外にしゃがみ込んで、縁ごしに骸の頭を抱き寄せた。
一瞬怯えていたようだけど、白い両手はすぐにしがみついてきた。

やっと会えた僕に叱られて辛かったらしい。





──そう、骸はどんな命令をしてもいつもこの家で僕の帰りをひたすら待ちわびていた。





慣れない家事を僕の為にこの家でたった一人こなす彼を僕は好ましく思っていた。



「怖かったね骸、痛かっただろう。」




腫れた頬を撫でると泣いた両目が赤くてウサギみたいだと思った。


一ヶ月前に手術した片目は傷跡一つ無い。
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