ボクは療養中。(犬子)
「…で?」
「で?、って?」
会話が噛み合わない人だとは思ってた。それ以前にボクが、1部員とカウントされてる他の同級生と同じ扱いを受ける方が間違っている。
いや、今はそんな事が問題ではない。
「…どうやってココに来たんすか」
「辰が住所 控えてた」
「なんて口実で聞いてきたんすか」
「…普通に『アイツん家 知ってるか?』って」
普段のボクなら確実に喜んでいる。しかし今は『普段』と違う。
「…あのですね、昨日ボクは部活を途中で抜けました。何故かと言えば、風邪をひいたんす」
淡々と話すボクの心境を彼は知っているだろうか、いや知らない。(反語)ボクは疲れていた。とにかく頭痛がひどい。頭が痛いと熱が出ないので質が悪いと思う。
「…犬飼くん、ボクわざわざ家族さえも人払いしたんす。なのに君が上がり込んでたら意味がないっすよ」
「……」
「犬飼くん…?」
「トイレどこだ?」
「………突き当たりを、右」
ボクは項垂れてトイレの方向を指差した。突然やって来て縁側に腰を下ろしていたかと思えば、そこで靴を脱いで上がり込んだ。
犬飼くんが行った後 てんてん、とボクがいつも使うボールが庭に転がった。
ホントに、彼の考えてる事は わからない。いつだったか、部活でキャッチボールをしてて…犬飼くんが言った。
“オレとお前が同時にボールを投げたら、ぶつかるな”
右投げのボクと左投げの彼。真正面に立ったら鏡みたいに、ボールを投げる腕を上げる。でも理屈で ぶつかるなんて事はない。犬飼くんの球速は凡そ高校レベルでも高い方。ボクのオーバースローは、普通の速さ。
「子津。」
突然 名前を呼ばれ吃驚して振り返る。今、呼ぶのは当たり前だけど犬飼くんしかいない。
「帰る気になったっすか?」
「なんで帰そうとするんだよ」
「だからー、風邪ひいたんすよ……って」
近 い か ら !
コツン と、おでこを合わされた。頭痛の時は発熱しないのに…頬が火照るのを感じた。
「氷枕いるか?」
「…いらない。大体…熱なんてないっすもん」
少し離れてくれてボクは むくれる。唐突に、こういう心臓に悪い事をしてくれるんだから……それに対して素直になれない自分も質が悪い。
黙ってるボクに「ん 」と犬飼くんが差し出したのは、冷えた麦茶だった。
「…ありがとう」
トイレが長いと思えば、わざわざ台所に寄ってきたんだ。そう思うと顔がニヤけて仕方なかった。
麦茶を空にするまでホントに少しだけ喋った。縁側に後ろ手をついていた犬飼くんは手が痺れた様だった。
「…犬飼くん、来てくれて ありがとうっす。ボク今日は もう寝ますから…」
「……おう」
「明日は部活に行くつもりっす!だから早く治したいんすよ…それに」
「それに?」
「もう少し付き合わせて犬飼くんに風邪を伝染したら、………」
その先はわざと言わなかった。なのに、犬飼くんの頬が赤くなっていく。
「あれ? 犬飼くん、何を想像したんすか?」
「…なっ、何も…」
「なんで焦るんすか…」
見るからに焦っていた。本当に何を考えたんだろう…。
「と、とにかく…ちゃんと休めよ」
「…はいっす!」
帰り際、髪に手櫛を入れられた。その乱暴さが、不器用な彼そのものみたいで嬉しかった。
明日になったら元気な姿で犬飼くんに会える。縁側のガラス戸を閉めてボクは自分の部屋に戻った。
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