ぷれぜんと

□ディープブラウン
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ディープブラウンのテキーラに浮かぶ氷を指でカランと転がすと、涼やかな音がやけに明瞭に響いた。
貴方の瞳と同じ色を持つテキーラ。ずっと口にしていれば貴方の色を私も孕むことができると思ったけれど、貴方と私とではあまりにも違った。真っ黒な瞳は貴方を写すのにはちょうどいいかもしれないけれど、ディープブラウンの落ち着いた気高さを持つ貴方と、真っ黒に濁った私とでは、やはり釣り合わないと思うときがある。
私が生まれたとき、天使だなんて喜んでくれた親、天使のように美しいと褒め称えてくれた昔の恋人たち。みんなみんな、私の本質が見えていない。私は天使なんかじゃない。もっと堕落していて醜い生き物だ。貴方に見てもらうためだけに、いったいどれ程のマフィアを殺めてきたか。貴方の視線を独り占めするためだけに、いったいどれ程の罪なき女を殺めてきたか。
そのお陰で貴方は私の傍にいてくれるのだけれど、幸せと一緒にどうしようもない惨めさを感じるのだった。
手中のテキーラを少し飲むと、喉が焼けるように熱くなり、事後の体はまた熱を取り戻し始めた。少し掠れた声で「ザンザス様」と彼の名を呼ぶと、彼はグラスに口をつけながら、視線だけをこちらに向けて返事をした。
「愛してます」
惨めさを掻き消すように愛の告白をした。ザンザス様は鼻で笑うと視線を前へ戻す。彼が愛を囁いてくれるような甘い人物でないのはわかっていたので、鼻で笑われるだけでもよかった。視線をいつまでも私に向けてくれるほど視野の狭い方でないこともわかっていたので、少し寂しいけれど我慢できた。
惨めさを感じることなんてこれっぽっちもないのだと、愛を確かめることで納得していた。
何も喋らずテキーラを舐める。その熱さと苦さは貴方のようで、ずっと口にしていたら貴方のようになれると本気で思った。
「熱い」
呟くと、ザンザス様が私を抱き寄せてキスを落とした。獣のように噛みつくようなキスに、体の温度が更に上がる。熱い。熱い。熱い。
そのまま押し倒されると、グラスが傾き真っ白なシーツにディープブラウンが浸透していく。こんなシーツでも貴方の色に染まれるのに、私はいつまで経っても、貴方の色を手にすることができない。
正直な貴方。嘘を嫌う貴方。貴方のようになりたいし、なりたくない。その迷いが私を貴方の色に染めさせない。
知っている。貴方が愛を囁かない理由、鼻で笑う本当の意味、視線をすぐに外してしまう理由。
貴方は私を愛していない。
正直だから偽りの愛をささやくことはない。正直だから、愛にすがる滑稽な私を鼻で笑う。正直だから、退屈だと視線をすぐに外してしまう。
私の痛ましいまでの想いは貴方に届いているはずなのに、貴方は拒むようにキスをする。私はそれを受け入れるようにキスをする。どんな貴方でも受け入れられる。だから、貴方の愛がほしい。それが叶わないとわかっているから、せめてもの思いで貴方の色を欲している。
熱い体を冷やすような冷たい涙を流して、私を拒む貴方を受け入れる。愛がほしくてたまらないくせに、拒まれることを受け入れる。そうすれば貴方は私を傍に置いてくれるから。
「愛してます」
掠れた声で、惨めさを掻き消すように告白すると、また貴方は笑った。
せめて声が聞きたかった。侮蔑の言葉でも酷い罵倒の言葉でも構わない。口癖のようにスクアーロや軟弱なボンゴレ十代目に向けるような罵倒でさえも、私は切望する。
ザンザス様は憤怒に燃えるディープブラウンの瞳で私を一瞥すると、つまらなそうに首筋に唇を這わせた。
唇はこんなに熱いのに、私に向ける心は冷めきっているなんて、そんなのってない。
彼のことを嫌いになろうと思ったことは一度もない。ただ、貴方の色が欲しかった。そうすれば私は強く気高くあれると、そう信じて疑わなかった。
私を押し返すような口づけを、首筋や鎖骨や 胸元に落とし、それでも私から離れていかない貴方。
気が狂いそうになるほど、貴方を受け止めて受け止めて、報われる日は来ないと気づいている。
色が欲しい。色が欲しい。
せめて貴方の色に染め上げて。

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