小説
□卒業旅行‐2
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香穂は、鼻歌を鳴らしながら歩く金澤の横顔を盗み見た。
「先生って、車の運転できたんですね。」
僅かに拗ねた口調を含んでいる。それに気づきながら、金澤は何食わぬ顔で答えた。
「光り輝くゴールド免許だ。すごいだろ。」
「たんに、乗ってないから事故を起こしてないだけなんじゃないですか?」
「ん? 突っ掛かるね、お前さん。なんで怒ってんの?」
「べ・つ・に」
―――車があったら…
知り合いの目を気にしなくていいくらい遠くまで出掛けて泳いでみたかった、とか。旅番組で見るような山の温泉に泊まってみたかった、とか・・・別にこれからでも出来るからいいんですけど、いいんですけどーーーっ
「怒ってませんから。」
「ほんとかよ。」
いま怒っても18歳の春夏秋冬は戻らない。面倒臭がり屋が車を借りてきただけでも二人の関係が大きく変わったんだと思わなくては。
金澤は車のキーホルダーに付いた輪に器用に指を突っ込み回している。
―――あの鍵、見覚えがあるような…
クルクルと回る鍵を眺めながら聞いた。
「先生、どうして旅行に行く気になったの?」
「ん? ああ、それはだなぁ…」
お節介焼きが二人もいるからだ。
どう説明しようかと、指を止めてこめかみを掻いた。カチャリと音を立てて鍵も止まる。
「わかった、思い出したわ。それ吉羅さんのですよね。」
『何が』と聞き返すまでもなく、鍵には高級イタリア車のエンブレムが描かれている。
「お、気づいたか。」
香穂は立ち止まって半身引いた。
「ええ〜っ、き、吉羅さんも、一緒に行くんですか?。」
「なんで吉羅と3人で旅行に出掛けなきゃいけないんだよ。」
「だって大事な車を先生に運転させるなんて考えられないもん。」
「お前さんの中の吉羅ってどんなだよ」
「えっと〜、いつでも冷静で冷たい人かと思ったら実は違ってたり、時々ご馳走してくれたりしていい人だなって思うときもあるけど強引だし、外で偶然先生と会った時、突然現れて先生を攫っていく悪い人だし…うーん、トータルでイイ人?」
小首を傾げて金澤を見上げながら言う。どうやら悪気はないらしい。
「そうか…まあ、いいや。兎に角アイツは来ないから安心しろ。」
「吉羅さんは不思議な人ですね。うふふ、でも嬉しい。先生と二人っきりの時間をくれるんだもん。新幹線じゃ先生はやっぱり人目を気にしますもんね。」
金澤に寄り添うと、腕がそっと香穂の肩に回される。
「そうだな、まず先生って呼ばれる度に周りを見ちまうかな。」
言いながら金澤は実際に周りを見た。人通りの途切れた脇道に黒い高級車が停まっている。
香穂を先に乗せるため車道側に回って鍵を開ける。
「今日から俺のことを先生と呼ぶのを禁止する。いいよな?」
「じゃあ、何て呼べばいいんですか?名前で? か…金澤さん…?」
「あのな〜〜、紘人だろ、ヒロト。」
香穂の体を引き寄せると、頬を手で包む。香穂は、触れられた頬が熱くなるのを感じながら目を閉じた。
「ほら、言ってみろよ。ひ・ろ・と。」
お互いの鼻先が触れてくすぐったい。
「紘…あ…ん…ふ…」
塞がれた唇から互いの舌が絡み合う吐息が漏れる。
背筋に甘い痺れが走って体の力が抜ける。金澤は見極めたように唇を離した。
「…ひどい、道端でなんてやだ。」
「悪いな、吉羅に約束させられたんだ、車内で飲食といかがわしい行為の禁止、だとさ。俺としては朝方までお預けは辛いので。」
「・・・先生、車でいかがわしいって…何?」
「もう忘れたのか? 紘人だろ、香穂。」
「はい、紘人…さん。あの…いま思ったんだけど…」
「いかがわしいってのは、キスとかひっくるめて全部だよ。ほら、乗った乗った。車出すぞ。でないと、また襲うぞ」
香穂は思ったことを口に出さなかった。
『・・・吉羅さんって・・・先生のこと好きなんじゃないかな』
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