小説

□卒業旅行-1
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   「卒業旅行」

 

 午後9時。学院最寄の駅前に集合した男女6人。

日野香穂子、天羽奈美、上条須弥、東雲乃亜、谷圭太、内田守夫。

携帯電話を見ながら天羽がみんなを促すように言った。

「全員そろったし、かなり早いけど横浜駅に移動しようよ。寒いでしょ?」

いくら春といっても、まだ3月半ば、少し寒い。

「そうだね、京都に着く前に風邪をひいたら大変よね。ね、谷くん。」

「大丈夫、乃亜が寒くならないように俺ずっとそばにいるよ。」

東雲と谷は、すでにベッタリである。
出発前から暑苦しいことこの上ない。

「ははは、…ラブラブですな。」

上条と内田のカップルもたいして変わりがない。
天羽は、香穂と目を合わせて微笑んだ。

 今から高校生活最後の記念に京都・大阪へ旅行に行く。
いわゆる卒業旅行だ。
旅程は三泊四日。
 夜行バスで出発、翌朝京都着、太秦映画村と京を散策、一泊、大阪に移動USJで遊んで夜行バスで横浜に戻る。
交通費を極力抑えたけっこうな強行軍である。
ただし、男女の旅行を親が許すはずもなく、メンバーは女4人ということになっている。

香穂が、自分たちの世界に入りかけている二人に念を押した。

「乃亜ちゃん須弥ちゃん、絶対お土産買ってくるの忘れないでね。」

「わかってるよ、香穂ちゃん天羽さん。えーと、映画村の土産と、ようじ屋のあぶらとり紙と、USJと大阪って書いてある御菓子なら何でもO.K?」

「O.K!」

天羽が一言付け加える。

「あたしは偽装品いらないから適当でいいよ。」

「了解。」

東雲が残念そうに言った。

「あーあ、2人にも彼氏がいたら一緒に旅行に行けたのになあ。」

「ほんとだよ、2人とも部活と音楽に没頭しすぎだぞ!大学行ったら、ちゃんと彼氏作るのよ。わかった?」

天羽と香穂はもう一度目を合わせた、今度は苦笑い。

「あたしたちのことはいいから、楽しんできてね。」



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 4人を見送った後、天羽が口を開いた。

「さて、行っちゃったね。香穂はどうするの?」

微笑む香穂は、とても可愛い。今日は特にそう感じる。
クリーム色の細身の春コート、アースカラーでまとめた動きやすい服装。
『京都は歩くことが多いから』と香穂の姉が卒業と進学祝にくれたブランド物のリュックとバッグには、実は旅行に必要なものは殆ど入っていないことを天羽は知っている。

「卒業旅行に誘ってくれて、ありがとね、奈美ちゃん。」

「いいってことよ。
あたしはさ、高校で始まった恋は高校生のうちに何か記念になることがあったほうがいい、と思っただけさ。たとえ相手が教師だったとしてもね。」

天羽は、しみじみと思い出すように言う。

「でも、驚いちゃったよ。まさか金やんとくっつくなんてさ−。いまでも思い出せるよ。一昨年のクリスマスコンサートが終わった後。あんたの写真撮らせてもらいたくて探したら、ツリーの下で金やんと抱き合ってるんだもんなあ。おかげでいい画が撮れたよ。ガラス越しだったけど。」

「撮らないでよ〜 でも、あれは私がドレスのままで外に出て寒そうだったから上着を貸してくれたとこだったの。」

「へぇ〜、それにしては密着度が高かったわよ〜」

今では笑い話だが、2年の終わりの日に天羽が写真を見せにきた時、香穂は世界が壊れるくらいの衝撃を受けた。
生徒と教師の恋愛を学院に知られたら、退学・免職は免れない。
だから、知られたのが親友の天羽で良かったと、心の底から思う。

「香穂が金やんのことを好きだってことは、みんなも薄々気づいてたけど、まさか教師の金やんが香穂の気持ちを受け入れるなんて普通は思わないよ。」


 (どうして香穂なんだろう)


(金やんのことを好きな女生徒は結構いる。
学院に赴任してきてから、年に何人かはマジ告白されていることも知っている。
そして、その度に上手に断っていることも……)



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