小説

□夢のあとに
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 最終セレクションまで、あと6日。

俺が、昼休みの保健室前を通ったのは偶然だった。
戸を開けて出てきた女生徒に目を留めて息をのむ。

 普通科2年、日野香穂子。

 音楽科と普通科を併設する星奏学院で、2・3年に1度開催される「学内音楽コンクール」
日野は、第1〜4回まであるセレクションで,第1・第3と優勝している。
毎回、音楽科から選出される出場者に大抜擢された。
今大会、総合優勝候補NO.1のダークホースだ。
選出の理由は、学院に棲む音楽の妖精が見えたから。
笑っちまう理由だが、コンクール自体ファータ(妖精)主催なのだから、それでいいんだろう。

 俺はコンクール担当の教師で、日野が「誰でも簡単に弾ける、魔法のヴァイオリン(試作品)」を使っていたことも、
魔法を失って、普通のヴァイオリンで頑張っていることも知っていた。
ファータに乗せられたからではなく、自分から音楽を、ヴァイオリンを愛し始めていることも。
普通のヴァイオリンで挑んだ第3セレクションの優勝は、あいつの実力にほかならない。

…しかし…、

できれば暫く会いたくないと思っていた。

嫌っているわけではなく、その逆で……。

 日野を愛しいと思う気持ちを、誰にも、本人にも知られることなく、卒業させるつもりだった。
誤算だったのは、日野も、俺に恋をしていて、その気持ちを隠すつもりがなかった、ということだ。



 昨日の放課後、屋上で日野に「夢のあとに」を弾いてほしいと頼んだのは、
彼女の音楽で自分の過去にけじめがつくような気がしたから。
失くした声、苦い恋、汚した栄光。全てを思い出に変えてくれる…
勝手だよなあ、女の子に頼ってすがっちまったんだ。

日野は快く引き受けてくれた。彼女の演奏は「希望」に満ちていて…
『夢が覚めて、現実に戻っても、また夢を見てもいいんだ』と俺に気づかせてくれた。

俺の新しい夢。

音楽に目覚め始めたばかりの日野を、教師らしく導いて送り出す。
見返りはいらない。この気持ちに偽りはないんだ。
でも、演奏の後に日野から「好きだ」と言われたとき、同じ言葉を心の中で呟いていた。
だから、焦ったさ。
真っ直ぐで純粋なまなざしが近づいてきたとき、思わず逃げちまった。
手の届く距離まで来たら抱きしめてしまいそうだったから。

日野も俺のことを想っていてくれたこと、その気持ちに気づかなかったこと、色々なことで混乱していたんだな。

「ありがと、な」

と言えただけでも俺的には上出来だった。
その後、屋上に残された日野がどう思ったとしても。
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