小説

□野球観戦
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 よく晴れた土曜の昼、
駅前の小さな公園で先待ち合わせした私は、駅と反対方向へ歩き出した先生に話しかけた。

「あの…、先生
電車に乗らないんですか?」

春に約束した野球を見せてくれるという。
でも、横浜スタジアムは関内駅の隣、電車じゃないのなら車かなあ?
てことはドライブ?
ちょっと嬉しいかも

「いいから、ついてこいよ」

スタスタと先に歩く先生を、小走りに追いかける。
背が高くて広い背中しか見えない。
でも時々振り返って、ちゃんと私を見てくれる。
無精ひげと、もっさりした前髪で顔を半分隠してるけど、凄くハンサムだって、みんな知らないのかな。

「着いたぞ」

見覚えのある建物だわ。
通り雨の日、玄関まで入れてもらった。

「ここって、先生のアパートでしょ?」

「そう、今日は上がっていいぞ
入りたかったんだろ」

「そうですけど…、野球観戦は?」

「するさ、スカパーだけどな」

「えーー、スタジアムじゃないの?デートだと思ってたのにい」

「あのなあ、うっかり中継に映ったりしたらどう言い訳するんだよ

卒業するまでは、街でばったり会いました、と言い訳出来る場所以外は行けないんだ、悪いな」

「ぶうぅ…」

「むくれなさんな、膨らますなら顔じゃなくて胸にしてくれ」

「もう、セクハラ」

なんて話してるうちに先生はドアを開けた。

「ほら、入るか、入らないか
お前さんが決めてくれ」

手を差し出しながら優しく笑う。
先生はときどき意地悪だ。
入らない理由がないじゃない。

「中華街で肉まんとタピオカミルク食べたかったけど諦めます」

先生の大きな手に自分の手を重ねて拗ねてみた。

「お前さんはいい子だなあ、よしよし、 詫びに俺の手料理食べさせてやるから勘弁な」

空いた手で頭を撫でられた。
猫じゃないでしょ、もう、意地悪。
 

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