SS置き場(オリジ)

□AS!-学校の亡霊編-
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「しーちゃん!」
 自分を呼ぶ声。
 ボールを抱えた自分、走ってくるなおちゃん。
 そして。
 迫ってくる車。
 動けない。
 動けない。
「しーちゃんっ!!」
 自分を呼ぶなおちゃんの声。

 視界に車しか見えなくなって。
 衝撃があって。
 ボールが転がって。
 幼稚園の通園カバンに括り付けられた、誕生日プレゼントのフェルトの人形が宙を舞って。
 一瞬、呆けたようななおちゃんの表情が瞳に写って。


 何も分からなくなった。





「なぁ佐々木ぃ、いいだろ? 俺と付き合えよ」
 柄の悪い、ブレザーをだらしなく羽織った男が、明らかに同じ学校のらしいブレザーを着た女に絡んでいた。
 女はガード下に追いつめられながらも余裕の表情で、腕を組み、言い放つ。
「無理」
 容赦のない、何の迷いもない言葉。
 その言葉を聞き、男のこめかみに青筋が立つ。
「なんだとぉ? ちょっと、お前調子に乗りすぎじゃねぇ? 俺の"能力"、知らないわけ? 知ってたら断るわきゃないよなぁ?」
「知ってるわよ。だから何? 人間電子レンジ」
 その言葉には容赦ない。
 女は可愛い顔立ちをしていたが、その口から放たれる毒はかなりの物。
 元々短そうな男の堪忍袋が何の抵抗もなく切れる。
「電子レンジって言うんじゃねぇ!! コレを人間相手に使えばどうなるか判ってんだろ!? 言うことききやがれ!!」
 男は女の胸倉を摑み、壁に押し付けた。
 苦しいらしく、女の表情が少し歪む。
 その変化に男は薄笑いを浮かべ、女の顔に自分の顔を寄せる。
「内臓ぶちまけられたくなきゃ、大人しくしてろよ……」
 そして男の唇が女のそれに……
「やめてよ、なおちゃん、嫌がってる」
 ――触れることはなかった。
 男が振り返ると、そこに立っていたのは、穏やかな顔立ちの、ブレザー姿の男。
 どうやら新たな男も2人と同じ学校に通っているようだ。
(……無能君じゃん)
 女は男のアダ名を思い浮かべる。
 彼は悪い意味で有名人だった。
 柄の悪い男も、彼を知ってるらしく、高圧的に脅しにかかる。
「あぁん? 誰かと思ったら無能君じゃん? 何しに出てきたワケ? 死にたいの? 自殺志願者ですかぁ〜? ……何とかいえよ、無能!!」
「れんくん、なおちゃん嫌がってる。人の嫌がる事、しちゃだめだよ?」
 男がわざわざ屈んで上目遣いに睨んでいるというのに、むしろおっとりとした声で諭す。
 しばらく男は彼を睨んでいたが、諦めたように嘆息した。
「……はっ! 無能者に関わっていたんじゃ時間の無駄だな。佐々木、いい返事まってるぜ。自分の命が大事ならよぅく考えて答えだせよ?」
 そうして男は2人に背を向けて歩き出す。
 男が角を曲がって見えなくなると、女は助けてくれた男に向き直った。
「……無の…えっと、水元…だっけ?」
 アダ名を言いそうになって、慌てて言い直すと、彼からは肯定の返事が返ってくる。
「なおちゃん、大丈夫だった?」
「助けてくれたのは、ありがと。あたしは大丈夫。でも水元、あたしの事は"なおちゃん"て呼ばないで」
「……? どうして?」
「あたしの事をそう呼んでいい、たった一人の人間はもういないからよ」
 そして女…佐々木奈音は水元に背を向け、歩き出した。

 精霊の守護を受け、人々が特殊な能力を使い、生きる世界。
 それがアスという名を与えられた世界。
 例えば、水元にれんちゃんと呼ばれた男。
 彼の能力は"電磁波"。
 特殊な電磁波を操り、対象に含まれる水分を利用して火を使わずに短時間で加熱したりするのだ。
 なので、彼はしばしば人間電子レンジと呼ばれる。
 例えば、水元。
 彼には能力は無い。
 精霊の加護から漏れた人間。
 なので、彼はしばしば無能君と呼ばれる。


 ここは、そんな世界。
 

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