おりじなる
□海の子 第2章(3)
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「――十年前、ある事件があったんだ。何が起こったのかわからないけど、何百人もの人が一度に消えたんだ。目撃者も痕跡も何もない。どこかの秘密結社に誘拐されただとか、現代版神隠しだとか週刊誌は書き立てたよ。警察も懸命に捜索したけど、手がかりすら見つからなくて、それも五年前に打ち切られた」
蒼士は僅かに眉を寄せた、うつむいて話し続ける竜也は気がつかなかった。
「でも最近になって、行方不明者が一人見つかったことがわかったんだ。今度の日曜、その人に会いに行く。壱兄のこと、聞きに行くんだ」
「壱兄?」
「ああ。俺の兄貴なんだ。壱也(いちや)っていうんだ。で、壱兄も事件に巻き込まれたのか行方がわからないんだ。・・・・・・どうしたんだ?」
蒼士は驚愕に目を見開いた。だが、不思議そうに自分を見つめる竜也に気づき、すぐにいつもの鉄面皮に戻った。
「いや、何でもない」
「? そうか? で、そのことについて何かわかるかもしれないから、生きたいんだけど・・・」
「一人じゃ心細いから一緒に来い、と?」
「そうそう。どうかな。いや、別に無理にとは・・・」
竜也は苦笑いを浮かべながら、蒼士を上目遣いに見る。
「・・・いいよ」
「え!?」
一瞬何を言われたのかわからず、竜也はぽかんと口を開けて、蒼士を見た。
「いいよ、行っても」
「本当に!? サンキュー。やったー!」
大げさに喜ぶ竜也を見て、蒼士は僅かに口元に笑みを浮かべた。それは、竜也が蒼士を拾ってから初めて見る笑顔だった。
「あっ、笑った。なあ、もう一回見せてくれよ」
だが、蒼士はすぐに笑みを消して、不機嫌そうに黙り込んだ。
「あー、もったいない」
「うるさい。お前には関係ないだろう」
冷たい言い様だったが、横を向いた顔がかすかに色づいている。
その様子に、竜也は笑いを噛み殺しながらも、ほっとしていた。
「(あーいう顔もできるんじゃないか。いつも仏頂面だからなあ。もう少し、愛想良くすればいいのに・・・ん? 前にもこんなことがあったような。いつだっけ?)」
竜也は、なにやら考え込んでしまった。蒼士は、そんな竜也の様子に首を傾げたが、興味をなくしたのか、その場から静かに離れた。