Keep a secret
□甘くて、苦い
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綾瀬さんの白い首筋に手を這わせる。
どくどくと脈打っているここにもしも力を込めたなら、非力な彼女は逃げることもできずに苦しみ悶えるだろう。その瞬間は彼女の生死までもが俺の手に入るのか。
ほんの一瞬過ぎった恐ろしい考えを振り払い、綾瀬さんの肌を隠すバスタオルに手を掛ける。少し引っ張っただけでその布は簡単に緩んで床へと落ちた。
もう仕方がない。綾瀬さんのことが好きなんだ。
綾瀬さんも同じくらい俺を好きになってくれないと不公平だよ。
俺は沸々と込み上げてくる欲望に素直に従うことにした。
綾瀬さんは隙だらけだ。優しく抱く、俺がそう囁くと魂が抜けたように動かなくなった彼女の両手首をベルトで拘束する。
俺以外の男の前でもこんな無防備なのかと思うと気が気じゃない。
脚をベルトで固定しなかったのは正解だった。俺の与える刺激に感じてもぞもぞと脚を動かす様はたまらなく可愛い。
綾瀬さんは何をしていても可愛いんだけど、こんなにも淫らで可愛い姿を見たことがあるのは俺だけだろう。背筋に喜びが走る。
「ほら聞こえますか? 綾瀬さんのここは気持ち良いって言ってますよ」
意地を張って声を聞かせてくれない綾瀬さんに意地悪をする。濡れた秘裂の表面を優しく叩くとピチャピチャと恥ずかしい水音がした。
まだ胸しか触っていないのにこんなに溢れてる。俺に触られて嬉しいからだよ。
「気持ち良くな、い……っ」
弱々しく首を振る綾瀬さんは可愛い喘ぎ声を俺に聞かせるつもりはないらしい。
「はっ……そんな可愛い抵抗されたらゾクゾクしちゃいます」
綾瀬さんは俺の言葉に怯んだように体を震わせた。どんなに否定しても濡れた秘部は明るい照明の下できらめいている。
こんないやらしい自分の姿を見たら綾瀬さんは泣き出すだろうな……もっともっと苛めたい。
「昨日言ってましたよね。奴隷は生意気だといけない……みたいなこと」
「い、言ってな……んんっ」
「綾瀬さんは僕の奴隷になっちゃったんですか?」
「違! ふぁ……っ」
……ああ、可愛いなあ。
綾瀬さんの口から拒絶の言葉が出てくると辛くて苦しい。
でもそれ以上に嫌がりながらも感じている彼女への愛しさと興奮が勝ってしまう。
「素直じゃない奴隷にはお仕置きが必要ですよね」
「ご、ごめんなさい……」
「僕の指で気持ち良くしてくださりありがとうございます、って心から言えるようになるまで許してあげない」
自分が自分じゃないみたいだ。
けど、いい加減気付いてしまった。抵抗できない綾瀬さんに無理矢理こんなことをして俺は悦に浸っている。
今すぐにでも綾瀬さんの中に挿れたい。彼女が壊れるまで突きたい。その身で俺の汚い欲望を受け止めてほしい。
こんな酷いことを考えてしまう俺だけが悪いんじゃないよね? こんな俺に感じてるんだから綾瀬さんも同罪なんだよ?
「やだぁっ、やっ、うう……っんぁぁっ」
……ああ、ほら。またイっちゃった。
綾瀬さんは俺を受け入れる言葉を言わないと心に決めたようだが、「気持ち悪い」と睨みつける瞳は不安げに揺れていた。
「親の仕事や趣味がおかしいだけで自分とは違うとか言ってたけど、本当かな? 時谷くん生き生きしてるもん。こういうの何て言うんだっけ。SMプレイ? 本当は時谷くんだって好きなくせに」
「っ、あははははっ! やっぱりそう思いますか?」
さすが綾瀬さんだと思った。綾瀬さんは俺のことをちゃんと理解してくれているんだね。
「何がおかしいわけ」
「ふふっ、ごめんなさい。俺も同じこと思ってたからつい……」
ずっともやもやしていた気持ちが嘘みたいに晴れていくのを感じる。
これではっきりした。"本当の俺"は大嫌いな父と同じタイプの人間だったんだな。
俺と父さんは違う。
父さんみたいになりたくない。
綾瀬さんに乱暴なことをするのは本当の俺じゃない。
……そうやって必死で言い聞かせていたお前こそが偽物だったんだ。
いや、偽物というより正しく言うなら過去の自分かもしれない。
綾瀬さんに男女はプラトニックな関係を築くべきだと言ってみせたのも決して皮肉じゃなかった。
昔の俺は小学校中学校の保健の教科書や同級生の下ネタ、すれ違う妊婦すら受け付けないほどに性嫌悪が酷く、潔癖だった。
そんな俺が初めて恋をした相手が綾瀬さんだ。
綾瀬さんの笑顔を遠くから見ているだけで幸せ……その気持ちに偽りはない。
でも、罪深いことに頭の中では彼女を犯す想像がどんどん膨らんだ。
朝に生理現象で勃っていても一切触らずに過ごしてきた俺が、初めて自慰を覚えた。それこそ毎日毎日狂ったように彼女を抱く。
俺なんかを好きになってくれないことはわかっているから、泣いて嫌がる綾瀬さんを拘束して逃げられないようにするんだ。
そうすれば綾瀬さんの体の主導権は俺に移る。俺だけのものになる。
心と体は繋がってる――昔父さんがそう言っていた。
だから俺が綾瀬さんに汚い欲望を抱いてしまうのは自然なことなんだ。
綾瀬さんが俺に触れられて感じているのも、心の奥底で俺を受け入れようとしてくれているからだ。
いつかそう……見えない鎖で心を繋いでみせる。肉体を物理的に拘束しなくても逃げられないようにしてあげるから。
「時谷くんなんて大嫌いだよ! 嫌い嫌い嫌い」
まだ心まで拘束できていないからこんな言葉が出るんでしょう?
でもやっぱり俺達って相性が良いのかもしれない。俺もさっき同じことを綾瀬さんに言ってしまった気がする。
そうだ、これは綾瀬さんからの愛の告白として受け取ることにしよう。
俺達は両思いだけど、伝えることはできない。俺達の思いが通じ合うと世界が滅んでしまう。そういう呪いにかかってるんだ。
この壮大な設定は気に入っていた。
俺と綾瀬さんは付き合うどころか話さないし目を合わすこともない。だけど、お互いのことを密かに思っているっていう都合の良い妄想だ。
確証はないけれど……綾瀬さんはたまに俺に視線を向けてくれている気がした。
一度も目が合ったことはない。ない、けど不思議なことに視線を感じて振り向くとそこには大体いつも綾瀬さんが居た。
だから汚い欲望を全て排除してこんな馬鹿みたいな設定を作ったんだ。そうやって綾瀬さんのことだけ考えて過ごしていたら毎日学校に行くのが楽しくなったから。
「俺を受け入れてよ……ねぇ、一言だけでいいんだ。お願いだから……」
でも、もう空想はたくさんだ。目の前の綾瀬さんに求められたい。
今は無理でもいつかきっと好きだって伝えるよ。そして綾瀬さんにも俺を好きになってもらう。
「力を抜いてください」
「う、ん……っ!」
とろとろになった綾瀬さんのなかにゆっくりと自身を沈めていく。二本の指で解しても彼女のなかはまだきつい。
綾瀬さんの体が俺を拒んでいる気がして怖かった。
ここを早く俺の形に慣らしたい。俺を受け入れてもらいたい一心で腰を振る。
「……っ、た、い……っ」
「はっ、痛い……ですよね」
綾瀬さんが苦痛に耐えている表情を見ると胸が痛む。
こんなことをしてよかったのかな。他にも関係を変える方法はあったんじゃないか。
今更考えたって手遅れなのに綾瀬さんを泣かせたくないと強く思っていた自分がまた顔を出す。
「ごめっなさ……」
綾瀬さん、ごめんなさい。
それでも僕はあなたの初めての人になれて幸せなんです。綾瀬さんにもいつかそう思ってもらえるようにしてみせます。
「時谷く、お願いがあるの。好きって……言ってくれないかな……っ」
綾瀬さんが切なそうに俺を見上げる。まるで俺のことが好きみたいだな。なんてまた都合の良い妄想をした。
妄想でも構わない。綾瀬さんが初めて俺を求めてくれたんだから。
「好きです……」
手紙をもらったあの日から綾瀬さんのことしか考えられなくなったんだ。
「好き……綾瀬さんのことが好きなんです。愛しています……」
ずっと伝えたかった気持ちが溢れ出す。
どうしてこういう時にしか言葉にできないんだろう。いつも思ってることと反対なことをして綾瀬さんを傷付けてばかりだ。
「綾瀬さん、好きです」
「わた、しは」
本当の気持ちがわずかでも伝わっていてほしい。綾瀬さんが力なく微笑んで目を閉じるのと同時に、俺は彼女の太ももに欲を吐き出した。